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特集:乗り物の近未来

新しい技術で未来の乗り物を創造する

京都大学大学院 工学研究科 機械理工学専攻 准教授 小森 雅晴

1.はじめに

現在、環境への配慮、特に二酸化炭素排出量の削減は大きな課題となっており、自動車においてもこの問題を解決できる新しい自家用車やトラックが求められています。また、高齢者や身体に障害のある方々の移動装置として、使いやすく環境に優しい乗り物が、今後ますます必要になってくると思われます。自動車を巡るこの2つの現代的課題について私が取り組んでいる研究をご紹介いたします。

2.自動車用の新型変速システム

2-1 現在の変速機の課題

自動車などでは低速から高速までを実現するために、入出力軸の回転速度比(減速比)を変化させる変速機が用いられます。現在、広く用いられている歯車式変速機は大きなトルクの伝達が可能であるという利点がありますが、減速比を変える変速作業の際に駆動力を伝達できないという課題があります。この現象は燃費を悪化させ、地球温暖化の原因となる二酸化炭素排出量を増加させます。特に、自家用車やトラック、バスは稼働台数が多いため、排出されるニ酸化炭素量は膨大です。

これまでに多くの企業や研究者がこの課題に取り組んできましたが、歯車式変速機の基本原理に起因する問題であるため、解決することが困難でした。

私たちも、この問題をなんとかして解決したいと考えていました。また、変速機の分野では欧米の国々から先端的なアイデアが出されることが多いので、世界に先駆けて「日本発」の独創的アイデアを提案し、それに基づく変速機を実現したいという思いもありました。幸い、本課題に取り組んで、非円形歯車を用いた変速システムのアイデアに辿りつきました。現在、NEDOの平成21年度産業技術研究助成事業の支援を受けて、研究を進めています。ここではこれについて解説します。

2-2 新しく開発した変速システム

私たちが開発した変速システムの構造図を図1に示します。各クラッチを締結するとそれに相当する歯車が入出力軸間に駆動力を伝えます。変速用歯車の非円形歯車は図2、図3に示す形状を有しています。この形状は、区間aでは1速歯車と、区間bでは2速歯車と一致します。この非円形歯車が図3(a)に示す区間aでかみあう場合は、1速歯車と同じかみあい状態となり、同じ減速比となります。一方、図3(b)のように区間bでかみあう場合は、2速歯車と同じ状態となります。図3の矢印の方向に非円形歯車が回転する場合、1速状態から2速状態に変化し、その後、1速状態に戻ります。


図1 非円形歯車を用いた変速システム

図2 本変速システムに用いる非円形歯車

図3 変速用歯車(非円形歯車)


 

2-3 変速プロセス

1速(1速クラッチが締結された状態)から2速に変速する場合は、(1)変速用歯車が区間aでかみあい、1速状態となるときに変速用クラッチを締結します。(2)次に1速クラッチを解放し、変速用歯車だけが駆動力を伝達する状態とします。(3)その後、回転が進むと、変速用歯車のかみあいは区間aから区間bに移り、1速状態から2速状態に変化します。(4)ここで2速クラッチを締結し、そして、変速用クラッチを解放します。これにより2速状態となり、1速から2速への変速プロセスが完了します。2速から1速に変速する場合も同様です。本変速システムでは変速中でも変速用歯車が駆動力を伝達しているため、駆動力が抜けることがありません。これが大きな特徴なのです。

2-4 本変速システムの社会的インパクト

(1)加速性能を良くしつつ燃費も良く(=相反する両性能の向上)

現在の歯車式変速機では変速時にタイヤに駆動力が伝わらないため、その間に無駄にエネルギーが消費されるとともに、速度低下を引き起こします。そのため、運転者は変速後に余分にアクセルペダルを踏み込むこととなり、このことが、加速時の燃費を悪化させます。しかし本変速システムでは、変速時にも非円形歯車が駆動力を伝達しながら減速比を滑らかに変化させるため、エネルギーを有効に利用でき、かつ、高い加速性能も実現できます。さらに変速時の“駆動力抜け”が無く減速感を抑制できるため、運転者や乗客の疲労軽減、安全性や快適な運転の実現も期待できます。

(2)正確な回転の伝達が可能

現在の変速機では変速時に入力軸と出力軸が遮断された空転状態となるため、回転を正確に伝達することは不可能です。しかし本変速システムでは変速の際にも非円形歯車が回転を伝えるため、回転角度を正確に制御できます。このため、精密位置決め装置やロボットなど機械に正確な動作が要求される分野で、本変速システムの応用が可能です。たとえば、ロボットに応用すれば、駆動力を制御しつつ、ロボットの手先先端位置を狙い通りの位置に移動させることが可能となります。

(3)変速システム適用範囲の拡大

変速時に回転が遮断されない本変速システムであれば、これまで変速機を利用できなかった分野でも利用可能であり、これにより、駆動源の小型化や共通化、高い速度と大きな駆動力が実現できます。たとえば、高齢者向け移動装置などに応用すれば、坂道や段差を乗り越える際に、本変速システムによって駆動力を増加させることでスムーズに走行できる、といったメリットが考えられます。このように、新たなモビリティを実現するための駆動装置としての活用も期待できるのです。

3.真横にも、どの方向にも移動できる未来型の乗り物

3-1 背景

一人用の移動装置であるパーソナルモビリティへのニーズが高まっており、特に、高齢者や足の不自由な方にとっては、一人乗りの移動装置が生活の中で重要な役割を果たしています。現在、車いすや高齢者用電動移動装置などが販売されていますが、これらの移動装置は前後移動や向きを変えながら斜め方向に移動することは可能ですが、真横に移動することはできません。病室でベッドのすぐそばに移動したい、オフィスにおいて机に向かったまま横に移動したい、あるいは、混雑したエレベータ内での移動など、真横に移動したい場面は日常生活の中に多く存在しています。しかしながら、従来の移動装置では直接には真横に移動できないため、真横に移動するためには、前後・斜めの移動を繰り返しながら徐々に横に移動する「切り返し作業」が必要でした。このため、病室やオフィスなどの狭い空間内では移動に苦労することも多く、また、「切り返し作業」をするためのスペースを余分に確保しておく必要もありました。このため、真横に移動可能な一人乗りの乗り物が必要とされていました。

3-2 全方向駆動車輪とパーモビー

図4 全方向駆動車輪の動作

図5 真横にも、どの方向にも移動できる
乗り物パーモビー

私たちは、図4に示すように、車輪本体と車輪の外周部に配置された外周ローラをそれぞれ別々に駆動し回転させることが可能な全方向駆動車輪を開発しました。全方向駆動車輪は車輪本体が回転すると前後方向に、外周ローラが回転すると横方向に、車輪本体と外周ローラがともに回転すると斜め方向に移動します。この全方向駆動車輪を用いることで、前後だけでなく真横にも斜めにも移動することができ、その場で回転して向きを変えることも可能な一人用の乗り物パーモビー(Permoveh:Personal Mobile Vehicle)の開発に成功しました(図5)。これにより次のことが可能となります。

(1) 周囲の人と同じように移動でき、狭い空間でも簡単に移動できる

パーモビーは、真横への移動が可能であるとともに、斜めへの移動も、その場で回転して向きを変えることも可能です。このため、病室やオフィスなどの狭い空間内でも任意の方向への移動が容易にできます。また、人と同じように、どの方向にも移動でき、どの方向にも向きを変えることができるので、周囲の人と調和して移動できます。

(2) 任意の方向への素早い移動が可能

パーモビーの任意の方向に移動できる機能は産業分野への応用も可能です。工場や倉庫では無人搬送車やフォークリフトなどの搬送車両が多く用いられていますが、これらが真横に移動することができれば、切り返し作業のために余分なスペースを確保する必要がなくなり、空いたスペースを有効利用できるようになります。また、切り返し作業をせず、直接に真横に移動することができるため、運搬作業時間の短縮が可能であり、生産現場の効率化に貢献すると期待できます。さらに、全方向駆動車輪はコンベアと組み合わせて用いることで、物品のより効率的な選別作業が可能となります。

4.おわりに

以上、私たちの研究を簡単にご紹介しましたが、自動車を始めとする駆動系の乗り物にはまだまだ多くの可能性があります。今後も研究を重ね、未来の乗り物の開発に繋げていきたいと考えています。


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