HOME

特集:乗り物の近未来

交通機関の発達が“暮らし”を変えていく

新 誠一 氏 インタビュー

電気通信大学
情報理工学研究科 知能機械工学専攻
教授


Seiichi Shin

1978年
東京大学工学部卒
1980年
同大学大学院工学系研究科修士課程修了
1980年
東京大学工学部助手
1988年
筑波大学電子・情報工学系助教授
1992年
東京大学工学部助教授
2006年
電気通信大学教授

今回の特集は、近い将来、ここ10年か15年くらいの間に交通機関にどのような変化が起こるかというテーマなのですが、この点について先生のお考えを聞かせていただけますか。

「駅」はウマ偏になっていることからもわかるように、江戸時代くらいまでは馬がいるところが駅だったわけですよね。それが変わったのが、ペリーが蒸気船で浦賀にやって来たとき。あのときペリーは蒸気機関車の模型を持参していて、それを徳川慶喜に献上しました。結局、当時の日本にとって圧倒的だった機械文明の力、それはつまり蒸気機関だったわけです。その蒸気機関が日本を開国させたとも言えるかもしれません。そして、1914年に首都のセントラルステーションとして東京駅ができ、東京という街が変わった。京都もそうですよね。京都はその長い歴史の中でずっと周縁部だった八条に京都駅ができ、八条は今ではすっかり繁華街になっています。このような例を見ても交通機関が街を変えていくのだということが実感できます。

高度成長の時代は自動車が街の姿を大きく変えました。私が若かった頃は引越しの荷物は国鉄で送っていましたが、今はクロネコヤマト。輸送の主役は自動車です。荷物は玄関まで持って来てもらえることが当たり前になり、そして、「駅近」のデパートよりも郊外の、大駐車場があって、買い物もでき映画も見られるといった複合ショッピングセンター(SC)が全盛です。休日は家族で車に乗って大規模SCに行き、そこで遊ぶというスタイルが一般的になってきた。このように、交通機関は街の姿を変え、ひいてはライフスタイルをも変えていきます。

なるほど、その通りですね。

図1 エネルギー変遷

自動車が将来どうなるかといったことも、皆さん今の自動車の延長線上で考えるようです。けれども本当に、近い将来の自動車が今の自動車の延長線上のものかどうかはわかりません。たとえば、蒸気機関が内燃機関のエンジンに変わったとき、線路/軌道が要らないので、ドア・トゥ・ドアの交通機関、つまり自動車という交通機関ができた。したがって、特に駆動エネルギーが変わった場合は、従来の乗り物の概念や形式が大きく変わる可能性がある。そして今、未来の交通機関が使うエネルギーは、ガソリン中心から水素・メタンへと変化すると言われているのです(図1)。

メタンはリキッドナチュラルガスで、原子力発電所の事故以来、日本のメタンの消費量はものすごく上がっています。水素と近いのですが、ハイドロカーボンの中では炭素が一番少ない。つまり、主に二酸化炭素と水しか排気しない。すなわち、排気ガスがあまり出ないということです。水素は確かに良いが保存が難しい。爆発する危険がありますからね。メタンのいいところは排ガスが出ないのと、反応するだけなので爆発しないということです。さて、それでどうなるか。メタンを燃料電池にすると静かで排ガスが出ない。このメリットが、これまでの自動車と同じ形態はしているが、実は全く違う乗り物を生み出す可能性があるのです。たとえば、図2に示す椅子くらいの大きさで家の中でも乗れる自動車型の乗り物などが考えられます。

これからの社会の高齢化・少子化を考えると、どうしても、パーソナルモビリティということを考えざるを得ません。子どもが少なく、年を取っても一人で生きていかねばならない人が増えると、高齢でもある程度移動しなければならない。ですから、私も小型モビリティ、この椅子みたいな自動車の可能性に注目し、いろいろ考えていますよ。たとえば、その上で全ての活動ができるようにするんです(図3)。

椅子の上で全ての活動ができる?

そうそう。みんなが自分の椅子を一脚ずつ持っていて、その椅子が自動車のように動く、といったイメージですね。その椅子でどこでも行けるし、そのまま自動車や電車、飛行機にも乗り込める。移動は全部こうした個人ビークルで行います。

何だか運動不足になりそうですね。爆発的に成人病が増えて医療費がパンクしてしまっては、国民経済上問題が・・・。

椅子の上で適当な運動ができればどうですか?あるいは、振動を与えて筋肉を強制的に鍛えられるような装置が付いているとか。

図2 未来の車

図3 Road to Home

まあ、実際、テレビを見ながら筋肉を鍛える、みたいなダイエット器具って山ほどありますよね。

そうでしょう? それを付けておけば運動不足はある程度解消されるじゃないですか。で、とりあえず、家の中でもその椅子に座って過ごすんですね。基本的に家の内部は大きな段差を無くして、その椅子で動き回りやすいようにしておく。夜になったら、椅子をフルフラットにしてそのままベッドとして使います。

その椅子に乗って(?)全部の生活を行うんですか? 会社の行き来から休日の買い物から、何から何まで?

まあ、そういうイメージですね。飛行機の座席みたいな椅子を思い浮かべてもらえばいいかな。前にPC画面を付けておけば、テレビを見たり音楽を聴いたり、仕事ももちろんできるわけですよ。現在の私たちが行っている活動のほとんど全てが賄えるでしょう? この椅子の上で。


うーん…。今ひとつ「それはいい!」と思えないのは何故なんでしょう?椅子の上で過ごすというのが幸福とは思えないんですが・・・。ただ、高齢者の生活という観点からすれば、非常に便利だとは思いますが。

そうなんですよね。技術というのは確かに人間活動を劇的に楽にする力を持っている反面、ある意味、人間を自力では何もできない存在にどんどん堕落させる一面も持っているんですね。しかし、それを理解した上でも、こうした超小型個人ビークルという存在には社会を変える可能性があるということは、おわかりいただけると思います。そういう暮らしを望むか望まないかは別にしてね。いろいろな自動車会社が、現に、図4に示すような電動車椅子に注目して研究を重ねているんですよ。

本当ですか? とすると、私たちの近い将来の生活はますます個人化するということでしょうか。お話を聞いていると、椅子のような自分だけの空間でほぼ全ての日常活動が終始するとなると、余りに個人で生活が完結しすぎる感じがするんですが。

椅子に乗って集まって家庭内でご飯を食べ、会社では仕事をする。会社の後では椅子に乗って居酒屋に行くこともできるんですよ。ただ、オフィスや居酒屋はガランとした空間になるでしょうけど。仕事に必要なものは椅子にコンピュータが設置されていますからそれに入れておくし、簡易テーブルを付けてその上で仕事をすればいい。今のように、会社が各自に机を一つずつ用意するということは不要になるわけです。電車や飛行機も基本的に座席は要らない。レストランなども集まりやすい広い空間があればそれでいい。出てくる料理は自分の椅子の上で食べればいいんですから。

うーん…。やはり、そういう生活がいいとは、とても思えないんですが。

それはきっと、自分で選択できない感じがあるからでしょうね。みんながそうなってしまったら、自分だけ立って生活するというのは難しいでしょうからね。でも、まあ、家の中では立ったり、会社の帰りに椅子を降りて歩いて帰ったりということもできるんですよ。

なるほど…。つまり、穏当に言えば、社会の構成員全員が個人ビークルを持つ生活を考えておられるようですが、その場合、その椅子?椅子型自動車?の駆動エネルギーはどうなるんですか?

まあ、前に申し上げたように、水素は安全性の面で問題があるので、これからの駆動エネルギーは、やはり石油からメタンへと代替されていくでしょう。とすると、メタンハイドレートはほとんどが海にあるわけで、海洋国家である日本が資源大国になる可能性も十分あるんですよ。

ホンダ モンパルML200

http://www.honda.co.jp/monpal/

スズキ セニアカー

http://www.suzuki.co.jp/welfare/seniorcar/

図4 電動カー

確かに、日本近海には大量のメタンハイドレートが眠っていると言われていますよね。ただ、抽出が非常に難しいと聞いていますが。

そう、現状では抽出コストがかなりかかっていて、メタンを一般的な燃料として使うにはコスト面で引き合わない。しかし、あと10年、15年の後にはその問題は解決に漕ぎ着けられると思います。メタンは燃焼する際に二酸化炭素も石油ほどは出さないので、環境負荷もある程度抑えられるし、その点でも合格です。ただ、次世代エネルギーを何か一つに頼り切ってしまうのは問題で、幾つか可能性あるエネルギーを併用する形が当分は望ましいと思います。あと10年から15年というスパンで考えるなら、まあ、特に自動車の駆動エネルギーとしては、石油もあり電気もあり、メタンや水素などもありという状況がしばらくは続くでしょう。自動車会社としても、どれかのエネルギーに特化してそれのみで走る自動車を開発したり作ったりするのは、まだ現状では怖いでしょうからね。いずれにしても当分の間はハイブリッドです。

近未来の交通機関と言っても、やはり、身近な存在は自動車ですので、どうしても自動車の話題が多くなりますね。

自動車を典型例とする交通機関というのは身近であるし、道路や交通網などの社会インフラとも密接に関わっています。社会インフラそのものという言い方もできると思います。ですから、そういう大きなインフラの形が変わるというときは、私たちの生活も大きく変わると思っておいた方がいいですね。つまり、交通機関はどう変わる? とか、どんな形のものになるかを予測するという以前に、私たちが近い将来どのような社会に住みたいか、どんな街でどんな暮らしをしたいのか、それを考える方が先だということです。これは、現代の高度技術全般に言えることだと思いますが、未来に対するグランドデザインや理念があってこその技術利用なのであって、それ無くして高度技術を用いると、それに引き回されると言うか、予期せぬ方向に社会が向かってしまうということが起こります。その点をよく考えておくべきですね。


おっしゃる通りだと思います。日本の今後の高齢者人口を考えると、高齢者の活動を高いレベルで維持するという社会的利点は大きいですし、そのためには先ほどの超小型ビークルも含め、自動車的な移動手段がやはり便利だろうとは思います。しかし、その場合、自動運転といったことは実現できるのでしょうか。高齢者にとって自動運転のメリットは大きいと思うのですが。

それはほぼもうできています。グーグルカーも自動で走っていますし、アメリカでは自動運転車を路面に出して、もう社会実験が行われています。ですので、後は、交通法規とか損害賠償保険制度の見直しとか、自動車の技術や安全性の問題というより、社会基盤を自動運転車を認知していく方向で整備できるか、また、人間が乗っていても何もコントロールしない自動車や無人自動車が公道を走り回るということについて社会的な合意形成ができるか、そちらの方が大きな問題でしょうね。それさえできれば、自動運転車は急速に普及する可能性があります。

なるほど。実は私、運転免許を持っていないのですが、もう今更取らなくても、私が自動車を乗り回せる時代がすぐそこまで来ていると思っていていいですか?

大丈夫、その点は請け合えます。あともう少し待っていて下さい。

◆インタビュアーから一言

現在の自転車感覚で“ちょい乗り”できる形態にどんどん進化して、自動車は近い将来、小学生も高齢者も楽しめる乗り物になっていく気配です。新しい自動車の姿も楽しみです。

新先生、夢のある楽しいお話をありがとうございました。


2/5

(2/13)