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特集:企業の“イノベーション”と人材育成

技術教育こそ企業の力、されど力は活かしてこそ

赤池 茂 氏 インタビュー

株式会社デンソー
技術管理部 CAE開発設計・促進室長


Shigeru Akaike

1983年
日本電装株式会社入社
1994年
名古屋大学にて博士(工学)
2008年
デンソーアイテック取締役
2010年
デンソー技術管理部
CAE開発設計・促進室 室長
現在に至る

今回のインタビューは株式会社デンソーさま(以下、敬称略)にお邪魔しました。
インタビュイーの赤池さまには、デンソーで行われている人材教育やこれから望まれる人材像など、製造業の中心的な一角を担う企業の現場で日々お感じになられていることなどを伺うことができましたが、皆さまの何らかのご参考になれば幸いです。

デンソーは、非常に社内教育を充実させている会社として名高いですが、その教育制度をご紹介いただけますか。

当社では「デンソー技研センター」という別会社で技術教育を統括しています。技術・技能教育としては20年以上の歴史があります。高棚にある技能研修部門と大府にある技術研修部門に分かれています。技能研修の方は当社が力を入れている技能オリンピックの出場者などの指導を、技術研修の方は約130の項目にわたる「スキルアップ研修」と10項目の「ハイタレント研修」と呼ばれる研修などを行っています。スキルアップ研修は新入社員から係長クラスの中堅社員が、ハイタレント研修は専門分野を身につけようとしているような社員が受けるというシステムになっています。

スキルアップ研修は社内の人間が講師を務めており、1科目を1日か2日で教えるのですが、当社で必要となる技術が手軽に満遍なく学べるような科目構成にしています。私の部署でもスキルアップ研修の講座を持っていますが、CAEに関しては磁場1項目に、流体が2項目、それに熱応力があります。

これに対しハイタレント研修は外部から、大学の先生などを講師としてお呼びして行われ、期間も長く1年くらい続きます。多いときには週1回講義があるときもあり、毎日の仕事と並行してやっていくのはなかなか大変です。大体どの科目も修了まで半年以上かかりますからね。このハイタレント研修が一番ボリュームがあり、また資金もかけている教育講座と言えますね。

スキルアップ研修ですが、入社して3年経ったからこれを受けなさい、5年経ったから今度はこれを、といった具合に、何らかの勧奨があるのですか?

図1 デンソー社外観

図2 デンソー社の部品

原則として各人の自由に任されています。カリキュラム表があるので、それを見ながら、「そろそろこれを受けようかな」という感じで、みんな各自選択して受けていっています。また、入社後のある年数でどの研修を受けるのが適当かといった、おおよそのスケジュール感を与える目安表を作っている部署もあり、それを参考にすることもあります。基本的に当社には勉強好きな人が多く、自発的にいろいろな講座を受けていますね。しかも、昇進などに際して、スキルアップやハイタレント研修の受講が条件になっているわけでもありません。そうした暗黙の強制ということもなく、完全に本人の自発性に任されています。修了についてのインセンティブや報奨金なども特にはないのです。それでも、皆さん積極的に勉強していますよ。また、外部にドクターを取るために派遣したりもしていますが、この制度も現在の仕事と全く関係の無い学位の取得であっても、特に本人が望み上司が許可を出せば許されます。その代わり、給料は7割くらいになりますがね(笑)。まあ、実際には、やはり現業務に関連したテーマであることがほとんどです。勉強を奨励する体制は、当社はかなり整っていると思いますね。


勉強好きな方が多いというお話でしたが、スキルアップ研修の講師を御社内でまかなっているというのもすごいですね。

しかも、手弁当でやってるんですよ(笑)。そもそも先輩が後輩を教えるのは当たり前という発想で、報酬等は一切無しです。

このスキルアップとハイタレントの両研修をマネジメントする他に、この技研センターでは「技術討論会」という名称で技術研究発表会も開催しており、こちらは春と秋の年2回行われています。目標は人前で発表することでプレゼンテーション能力を高めようということです。先輩やその道のベテランの技術者から意見をもらうこともできますし、優秀なプレゼンだった場合は、学会など外部でも発表させています。これは大きな催しで当社の全技術者が参加できます。当社にはいろいろな製品がありますので、製品および分野ごとに熱、パワトレ、電気、情報、研究開発、生産技術などの各部門に分かれて行っています。

発表者は上司の指名、あるいは自発的に?

両方ですね。「そろそろ発表してみたら」と声掛けもしますし、自分からやりたいって言ってくる社員もいます。

そうそう、先ほど勉強を奨励する体制は整っていると申し上げましたが、当社はかなり厳しく鍛える方で、技研センターで講座を受けると必ず毎回テストかレポートがあり、それに合格しなければならないんですよ。大学の学科試験レベルのテストもありますし、レポートは出来が良くないと再提出しろ、と言われることもありますので、なかなか大変です。当然、成績表もあって、それが上司のもとに届きます(笑)。査定などには影響させないけど、まあ、どうせやるならしっかりやれ、ということですね。それは徹底しています。

会社や社員さんの雰囲気などについて、ご自分の若い頃と比べて変わってきたかな、というところはありますか?

どこの会社もそうなのかもしれませんが、中堅クラスの社員に元気がないように感じますね。それをどうにかしなければ、という話に当社でもなっていて、今、この層の社員に向けて何らかのカリキュラムを作ろうとしています。私もそれに参画してつい最近まで、カリキュラムの企画構成等の作業をやっていました。

まあ、私個人としては、それほど今の中堅社員が元気が無いとは思わないのですが、我々が同じ年代のときは、時間というものがありましたね。当時は一週間くらい実験室にこもって何かやっていても誰も文句は言わなかった。今はそうはいきません。リーマンショック以後、やはり人員が絞られているので、あれもこれもやらなければならないし、時間をかけて発想を突き詰めるといったところまでいく余裕が無いと思いますよ。

では、最近の新入社員の皆さんを見ていてお感じになることはありますか。

図3 デンソー号 1950年にデンソーが世に出した
電気自動車 「デンソー号」の復刻車

そうですね。採用が少数精鋭的になっていますので、理系の優秀大学の人がたくさん入ってきています。だから、基礎学力はすごく高い。でも、知識はあるけど知恵がないといった感は否めませんね。知識を活かして応用に結びつけるというところが少し弱いかな、と思います。でも、それは私が新入社員だった頃も言われていたことなんですよ。ですから、そうそう昔と変わってないと思う。ただ、本当に忙しくなっているので、まずは時間が無い。そして、時間が無いので、なかなか失敗が許されなくなってきている。それは確かです。そのため、会社に入ってから成長していくのが、昔よりは難しくなっているということは言えると思います。

時間が無くなっているもう一つの大きな理由として、ツールの進歩という問題があります。昔は、仕事で使うツールは原始的だったので、一つのことをするのに時間がかかることは当たり前で、みなそう思っていた。今はツールが進化したために、時間をかけることが許されなくなっている。こうした状況を見るに、若い人たちに十分に考える時間を与えられない社会になっているという言い方も、できると思います。そして、十分な時間が無いために、特に新入社員レベルでは、上から言われたことをこなすので精一杯になってしまう。昔は新しい車を分解して、部品を全部外しまた付け直すみたいなことを、会社でやったものですよ。楽しかったです。でも、今はそんなことをさせてあげる時間がない。その点、今の若い人はちょっとかわいそうかなという気はしますね。


仕事に時間をかけないように、と開発されたソフトウェアなどのツールが、逆に時間を奪っているというのは皮肉ですね。

ツールの進化が引き起こしたもう一つの大きな問題として、それに頼りすぎるということがあります。デジタルでないアナログ時代に培われた技能・技術の伝承が必要になってきている。そこで、当社でも、「技術道場」という施設を、今年(2012年)の年頭にオープンしました。これは、建物自体にもかなり凝ってですね、わざわざ外観にはアンティークブロックを使って古風な雰囲気を出し、本当に「道場」を意識して作っています。まあ、「匠の技」みたいなものを伝承していく施設というイメージで、技能・技術教育を受けることができるようになっています。「道場主」が主宰していて、巻き線の巻き方を教えたりしていますよ。何を教えるかは全部、各道場主に任されています。また、昔のエンジンなども置いてクラッチを入れたり切ったりして様子を見ることができるようにもなっています。

このような試みを通じて、当社でも過去のノウハウをできるだけ伝えていくようにしています。古いものは単に古いだけのものではなく、やはり一つの完成した製品なんですね。それを見たり理解したりすることは大切なのです。よく言われることですが、「CADが入って技術職は馬鹿になったよね」といった風潮のままではいけません。日本の製造業の強みは作り込みや摺り合わせにあるわけで、それを支えているのは、やはりアナログの技術です。昔は巻き線を巻きながら、「あそこをどうしよう?」と考えたりしたものですが、そういう場が、現代では自然に任せている限り無くなりました。であれば、それを考えさせる場、昔はこうやっていたということを教えていく場を、設ける必要があるということですね。

今、新入社員さんというのはどのくらいいるのですか

350人くらいですね。その他にスペック採用という枠が50人くらいあります。スペック採用というのは、「こんな人が欲しい」と、人材を必要としている部署が募集をかけ、面接し採用したらその部署に配属されるというものです。今年からはスペック採用でドクターの採用も始めました。CAEを担当している私の部署でも、今年スペック採用をしたのですが、採用枠1人に14人の応募がありそのうち2人はドクターでしたよ。

大学としては、ドクターを採用する企業が増えると本当に助かるでしょうね。ドクター採用は始められたばかりということですが、何か感じたことはありますか?

ドクター採用に二の足を踏む企業が多いのは、やはり、現在の大学における博士課程の教育にかなり問題があるからだと、企業の人間としては感じます。もちろん、大学では一生懸命勉強してきてほしい。けれども企業は研究機関ではないので、就職を考えるのであれば社会とのつながりを意識してほしいと思いますね。大学での勉強はものすごく専門的な、特殊なことでもいいんです。むしろその方が良い。そういう勉強も何らかの形で必ず役に立つ。ただ、企業の採用面接に来たからには、「私のやってきた研究は、御社のこういうところに役立つと思います」くらいのことは言ってほしい。社会の中で自分の研究を応用していこうという気持ちを持ってほしいということです。ドクターと言えど新入社員なのですから、すぐに、知識を実戦的に応用できるわけはない。それは、こちらもわかっています。ただ、自分のやってきたことをこれからは実社会に活かしていくんだという気持ち、それをまずは持ってほしいですね。

なるほど。今のお話とも関連することですが、企業におられる立場からして現在の理系教育へのさらなるご要望などはありますか?

図4 QRコード この技術はデンソーが開発した

図5 技能五輪の金メダル

これはいつも思っていることなんですが、私はCAEを専門にやっているので、日本発のソフトウェアを作るような教育が、なぜ日本の大学にできないのかというもどかしさはありますね。私たちは一生懸命製品を作って海外に売り外貨を稼いで、でも、その幾ばくかは海外のソフトの購入費に回っているわけで、これはやはり損だという気がしてなりません。そのお金が日本の企業に回ればもっといいに決まっています。現に、台湾や韓国では大学と一緒にさまざまなソフトを開発して、すでに一家を成している企業が出てきています。日本の大学でも企業と一緒に研究して、是非、国産ソフトを作ってほしいというのが、私の永年の希望です。それは大学にもいい影響を及ぼすと思うんです。マサチューセッツ工科大学(MIT)などは企業と密接に協力して、いろいろな研究をやり製品化もして、一定の成果を出しています。これに対して、日本の大学はまだ非常に内向きで、企業の要請みたいなものをしっかり把握していないような気がしてなりません。何の目的で、どういうところに活きるからこの研究をするのだということを、大学もしっかり考えてほしいし、学生にもインプットしてほしいですね。

たとえば、修士を面接して修士論文について尋ねても、論文の内容はしっかり言えますが、「これを何のために研究したんですか、社会でどう活きると思いますか」といったことを訊いた途端、答えられない学生が多いのですよ。最終的な目的、つまりどう役に立つのかということを全く考えていない。それではダメだと思うんです。それがわかっていない学生があまりに多いので、大学在学中にそういったことをきちんと教えられたことが無いのだと考えざるを得ない。知識や技術レベルといったこととは別問題ですからね、そういうことは。

企業ではOJTが中心で、そこでは「何かに役立つ」ということが基本です。その思考回路がすっぽり抜けているとなると、会社でその点、つまりやっていることが現実とどうつながるかといったことを、一から教えなければならない。これは結構大変な作業です。おそらく仕事や研究が細分化されてきてこうした傾向に拍車がかかっているんでしょうが、これからは企業ごと、また会社ぐるみで、どんな人を育てていくのかという人材イメージをしっかり持って教育をしていかないと、人が少なくなる中、日本の国力は下がっていくと思います。そこで、大学も社会との繋がりをもっと意識した教育をしてほしいと切に思うわけです。


これからの産業界で求められる人材像については、どのようなイメージをお持ちでしょうか?

図6 驚きの技術 継ぎ目の無い鎖と五重立方体
(いずれも、後ろ に置いてある直方体と円筒の材料から切り出したもの)

当社はかなり業務のローテンションを行っています。敢えて畑違いの仕事をさせるのです。技術が製造に行ったり、あるいは海外に出たりね。それが、あるレベルから上に昇格するときの条件にもなっています。こちらの文化も知り、あちらの文化も知っている人が望まれるわけです。純粋培養されてきた人では、もういろいろなことに対応できない。仕事そのものが多様化していますからね。もちろん、畑違いの部署に行くと、その個人の生産性は一時的には下がります。しかし、会社が優秀な人と目し、明日を託そうと考えるような人材は、必ず、その人の本分とは違う場所を経験してきてもらうのです。

ただ、そうは言ってもスペシャリティも重要で、結局は、マネジメントとスペシャリティのどちらも重要だということになると思います。製造業というのはものを作っているとは言うものの、やはり、それを売ってナンボの世界なので、マネジメント側の人に陽が当たりがちなのですが、やはりこつこつと何か作っている人も大切にされるべきですね。

また、社内教育の将来ということで言えば、今後は、海外の従業員をどう教育するのかという問題が大きくなってくると思います。そこで、今後、Webでの教育を充実させていくことを考えていて、ハイタレント研修をWeb会議システムで海外に飛ばして、といったことも試み始めているところです。海外では、日本と同じように教育できるかというシステム上の問題と、日本人なら当たり前で教えなくてもいいこと、技術以前の基礎的なことも一から教えなければならないということも多いです。多様性というのはやはりそれぞれ違うということですから、そういう問題は常につきまといますね。

あと25年もすると世界人口は90億になり、その40%はインドと中国に住むと言われています。現在、両国とも携帯電話の普及率がすごい。それはこの両国では携帯が安いからです。とすると、車もレクサスは買えないのでタタ製を買おうということになる。これは必ずなる。つまり、自動車もいずれ価格競争の世界になるということです。まあ、車はデザインや個性といったものが家電よりは重視されますから、家電とまではいかないとしても、「クルマは走ればいい」という人が圧倒的に多い国で売るということになると、家電的になるでしょうし、ならざるを得ない。今はまだ車にはエンジンがありますから、エンジン周りの技術集積が効いていますが、エンジンを離れて電気自動車になり、駆動部がモータになってしまえばもう家電ですよ。そうした今後の世界の中で、我が国が技術国として生き残っていきたいのであれば、どんな教育をしなければならないかということも、そろそろ考えておかないといけないでしょうね。


◆インタビュアーから一言

お忙しい中、長時間にわたりお話を聞かせていただき有難うございました。

世界の状況が激変し、これから我が国の製造業はますます難しい局面を迎えると思われますが、その中で、次代の産業を担う人材をどう育成していくかということは、本当に喫緊の課題であるということがよくわかりました。

私たちの次の世代の問題でもあり、私たち一人一人がしっかり考えていかなければならないことだと思います。


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