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CAE ユニバーシティ

「CAE エンジニアのための数学入門」
講座を担当して

岐阜大学 工学部 数理デザイン工学科 准教授 永井 学志

1.はじめに

「CAEユニバーシティ」にて、設計者や解析技術者(CAEエ ンジニア)の方を対象とした数学の入門講座を1年ほど前より 担当しています。日頃、各種のシミュレーションソフトウェア を活用している中で、これらの基礎となっている有限要素法 (FEM)や数値流体力学(CFD)の理論を知りたいと思っておら れるCAEエンジニアの方は多いのではないでしょうか。また、 このような理論を独習してみようと書籍を購入したまでは良 かったものの、日常業務の忙しさに加えて、理論を記述するた めのツールに過ぎない数学に行く手をはばまれ、結局は「積読」 状態になっている方も多いと思います。本講座は、このような CAEエンジニアの方を対象として、FEMやCFDの理論を学 習していく上で必要となる数学の考え方や景色を、できるか ぎり平易かつイメージ豊かに伝えようとするものです。本稿 では、まずこの入門講座を紹介させていただいた上で、この講 座を担当していくなかで個人的に感じたことや考えたことに ついて述べさせていただきたいと思います。

2.「CAEエンジニアのための数学入門」講座の概要

この講座では、「高校で学んだ数学は一応大丈夫だと思うけ れど、大学で学んだ(はずの)数学はちょっと…」というCAE エンジニアの方を対象として、次のような内容を1.5日間で 実施しています。

  • 第0章 はじめに 〜 CAEと数学〜
  • 第1章 数ベクトル・行列とユークリッド空間の基本事項
  • 第2章 1変数関数における微分の考え方
  • 第3章 スカラ値関数における微分の考え方
  • 第4章 ベクトル値関数における微分の考え方
  • 第5章 1変数および多変数における積分の考え方
  • 第6章 常微分方程式と偏微分方程式
  • 第7章 重み付き残差法と最良近似
  • 第8章 連立1次方程式 Ax=b
  • 第9章 補間と数値積分の概要

当然、わずか1.5日間でお伝えできることには限りがあり ます。そこで、大学1年次の「線形代数」と「微積分」に対して、 苦しめられた記憶あるいは丸暗記で期末試験を何とかクリア した記憶が多少とも残っているというあたりを出発点として います。その上で、CAEにおける具体例を示しつつ、できる 限り「見える化」あるいは教養TV番組のような「映像化」を図 ることで、全体の景色感や地図を描くようにしています。これ により、各人が記憶の断片群のうちCAEに役立つであろう部 分と、新たな知識を一本の串で突き刺して、全体を上手く整理 できるようにと努めています(主に第0 〜 2章、および第3、 5章の一部)。その他の章については、初めて接する方が多い ことを想定して、「要は、そういうことなのね」と感じていた だけるよう、「見える化」に努めています。また、すぐにインター ネット検索できる現在では、さまざまな知識を階層的に整理 して小さくまとめ、それぞれに適切なタグ(キーワード)を与 えていくことが重要であろうと思っています。

この数学入門講座を始めるにあたっては、すでに「CAEユニ バーシティ」にて実績のあったFEMやCFD関連の講座担当者 と、十分な打ち合わせを行っています。大学の数学とは違った、 CAEをうまく利用するという視点からの数学です。私自身の 専門は、FEMを軸足とした固体や機能性材料に対する数値解 析法の開発です。純粋数学者・応用数学者ではなく、著書の冒 頭に「私は数学者ではありません」との断りを入れる物理学者 ですらありません。大学1年次の数学に「あっぷあっぷ」して しまい、入学した学科が意匠デザインに重きを置く建築学科 であったことを「これ幸い」に、「数学や物理とは決別できる」 と思っていた不届きな輩に過ぎません。ただ、その後の自身の 興味と、出会った諸先生・先輩方とのご縁から、数学や物理に 多少とも関わらざるを得なくなり、必要に迫られてこれらを 独習した経緯があります。FEMやCFD関連の講座担当者の 意見を最大限に取り入れつつ、自身が独習時にいろいろと迷っ た、あるいは勘違いしたことを、皆さまにはできる限り追体験 していただきたくないという思いで、全体を構成しています。 絵やアニメ、イメージで表現できると判断したものは、文章で 代用することなく、講義資料にすべて描き込んだつもりです。 図1はその一例です。

いま本務として勤めているのは、岐阜大学工学部の中でも 基礎的なことを扱う学科であり、数学者と物理学者に囲まれ て日々背伸びをしているような具合です。学科の中で、数学・ 物理に関してたくさんの恥をさらしつつも、CAEあるいはモ ノづくりに特化した数学・物理があるだろうと、学科内で無 謀にも虚勢を張っています。そういう中で、本講座を担当さ せていただけることとなったのは有り難いことです。昨今、 社会に科学技術を平易に説明するインタープリタ(媒介人)養 成の重要性が叫ばれていますが、私も少しだけでもそのよう な役回りの機会をいただけたことに感謝しています。数学や 物理の専門家の話を平易にCAEエンジニアに、逆にCAEエ ンジニアの視点をこれらの専門家に、伝えていく役割ができ ればと思っています。数学・物理の専門家でない私だからこ そ、CAEエンジニアの方に伝えることのできる数学・物理の 景色があるだろうと信じて、本講座の担当を引き受けさせて いただいた次第です。

3.徒然に想うこと

図1 「見える化」の一例(線積分とそのイメージ)

図2 サグラダ・ファミリア教会の工事現場
(撮影:福井大学 桑水流 理 准教授)

お酒が好きな私は、純エタノール、蒸留酒、醸造酒(ドブロ クを含む)それぞれを、数学、物理、工学の比喩に使っていま す。純粋数学者は、不純物を排してひたすらエタノール純度を 高めようと、どのような横槍にも耐えうる数学理論の構築を 目指しがちです。その結果、恐ろしいほどの切れ味の厳密かつ 素晴らしい理論体系ができあがります。しかし、そのように完 全武装した数学の理論体系は、果たして一般人にとって親しみやすく味わいのあるものでしょうか。お酒にもいろいろあ るように、CAEあるいはモノづくりに携わる人々が接しやす い形の数学があるのではないでしょうか。

ある物理数学の復刻教科書1)の序文に、「西洋の教会建築を 正面から眺めあげると、人間の所作に思えない冷徹さを感じ る。しかし、その建築中の裏側に思いを馳せると、日々の熱い 試行錯誤の営みがある。その泥臭い営みこそが愛おしくて面 白い。」という趣旨の記述がありました。それを読んだ瞬間、 真っ先に思い浮かんだのが、スペインのサグラダ・ファミリ ア教会(アントニ・ガウディ作)です。ガウディ没後85年が経 とうとするのに、未だに完成しない教会です。ほとんどの皆さ まは完成した視点からの威厳ある写真しかご存知ないと思い ます。ところが、10年近く前に私の友人(福井大学 桑水流 理 准教授)が、学会の合間に立ち寄ったサグラダ・ファミリア教 会の工事現場を写真に収めてきたのです(図2)。本体の構造 は組石造でなく、何のことはない普通の鉄筋コンクリート造 でした。それまでとても恐れ多く感じていたものが一気に崩 壊し、ごくごく身近なものに感じられた瞬間でした。厳密な数 学の理論も、このような生身の人間がいる工事中の視点から 学ぶことができれば、とても親しみやすくなると思います。

相変わらず大学の教養数学、すなわち「線形代数」と「微積 分」では、純粋数学を志向する先生方がこれらの講義を担当 していることが多いようです。このような先生方に、工学あるいはモノづくりへの応用の具体例を挙げつつ講義を構成し てください、とはお願いしづらいものがあります。確かに数 学はありとあらゆる応用の基礎であるため、将来の職業への 思いが未分化である理工系学生さんにとっては、教育の効率 性という観点から、その共通項のみを淡々と教えるのが一番 でしょう。しかし、工学系、特に昨今のCAEのすそ野の広が りに注目したとき、そのような応用に特化したドブロクの数 学があっても良いように感じています。また最近、教養数学 の単位を楽に取るための指南書が溢れていることから、学生 さんを取り巻く環境は一見良くなっているような感もありま す。しかし、これらはその場しのぎであり、将来の職業へとつ ながる応用を示しているものではありません。いずれにせよ、 大学教育の現場では教養数学と、後続する工学系科目には大 きな断絶が残ったままです。もっと工学に特化した、すなわ ち物理現象の数理モデル化をにらんだ、要点を押さえた物理 数学があって良いのではないでしょうか。その上で、厳密性 に欠けると感じた方がいれば、そこで初めて純粋数学を志向 すれば良いように思います。

またその一方で、機械系の基礎である「材料力学」や、固体 を対象とした「連続体力学」の教科書をパラパラめくると、工 学系のほうも数学の導入手順を考えることなく、数学公式の みを丸暗記したような記述が散見されます。一例として、ある 点x= x(あえてそのまま書いています)における応力をσ (x) としたとき、そこからΔxだけ離れた点x=x+Δxの応力を σ (x+Δx)とするのでなく、いきなりσ (x)+(dσ/d x)Δx と、 x =x まわりでテーラー展開した1次近似の結果のみを書いて いる教科書が多くあります。材料力学ではその歴史的経緯から そのような意図も分からなくもありませんが、現在の初学者に は表記法を含めて数学とのスムーズな連携を取るべきである と感じています。

最後に、工学系に役立つ数学入門の自習書として、いつも 真っ先にお薦めしている一冊があります。それは、薩摩順吉先 生の「物理の数学」2)です。物理への応用を明確に意図したも のであるため、CAEという視点からは過不足もありますが、 道具としての数学を俯瞰するには非常に適した本です。また、 ギルバート・ストラング先生の配信ビデオ3)を視聴すると、こ れぞ工学系のための数学という感じがします。両先生のよう なスタイルの数学がもっと広がると良いなと思っています。

4.おわりに

「CAEエンジニアのための数学入門」講座を担当したことが きっかけとなり、工学系、特にCAEに適した形の数学につい てよく考えるようになりました。同時に、大学における将来を 見越した数学教育も気にかかるようになってきました。教育 に携わる者として、モノづくりやCAEの世界に少しでも貢献 していきたいと考えております。


参考文献

1) 大森英樹,力学的な微分幾何 新装版,日本評論社,2010

2) 薩摩順吉,物理の数学,岩波書店,1995

3) http://academicearth.org/courses/linear-algebra

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