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BOOKレビュー

『スモール イズ ビューティフル』−人間中心の経済学−

E.F.シューマッハー(著)

2011年3月11日。金曜日。

この日以来、私たちを取り巻く何かが変わってしまった、と感じます。あの金曜日の午後、大きな揺れに驚き慌てた記憶もまだ新しいところですが、私たちが東京の会社できゃあきゃあと悲鳴を上げていたその同じ時間に、東北では3万人もの方々の命が奪われていたことを思うと、やはり、被害の瞬間性とその大きさに慄然とせざるを得ません。この度の震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆様が一日も早く安らかな日々を取り戻されますことを、心より願っております。

直接の被害に遭わなかった地域に住む人々にも、今回の大震災は、かなり深い心の傷を残していったのではないかと思います。日本のような先進国で、ほとんど一瞬のうちに数万人もの人が亡くなるということは想像の他のことであり、それだけに被害の甚大さに己の無力、非力を痛感する日々が、今も続いています。無力感の原因が地震や巨大津波であることは勿論です。しかし、私たちの心に同じくらい、いえ、もしかしたら、更に深い影を落としているのは、原子力発電所の事故ではないかと感じられるのです。

私がこれを書いている5月18日現在も、福島第一原子力発電所の状況は全く予断を許さず、放射線の放出がいつ止むかさえわからないという有様です。当初、海水による冷却が始まったとき、私は至極のんびりと、まあ、いくら何でも1ヶ月もあれば冷えるのではないかと考えていました。しかし、使用済み核燃料というものは温度が下がった安定状態、即ち冷温停止に入るのに、通常でも3年かかる(崩壊熱が出るからだそうです)という報道に接し、大変驚きました。冷えるのに3年かかる物質。それは人間のコントロールの範疇にあるものと言えるのでしょうか。また、放射性物質はその毒性とともに半減期の長さも有名です。中でも最も猛毒だと言われているプルトニウムの半減期は、24000年。1000年後の生存ですら怪しくなっている人類にとって、慰めとなる数字ではありません。

原子力発電所はおそらく、いろいろな意味で現代技術の粋を尽くしたものなのでしょう。しかし、万に一つという事が起これば、現在のような事態に立ち至ります。巨大であるばかりでなく、やはり危険な技術です。もし、そのような技術を使わなければ現代社会が立ち行かないとするなら、現代社会とは一体何か。このままの方向性で進んでいっていいものなのか。そういう疑問を、誰もが皆、心のどこかで抱き始めているように思われます。

掲題の本が刊行されたのは、1973年です。化石燃料や森林、水、清浄な空気といった地球の資源を余りにも急速に食い潰し、汚染しながら膨張していく現代社会のあり方に、警鐘を鳴らした本として有名です。また、刊行直後にオイルショックが起こり世界的ベストセラーにもなりました。しかし、我ら人の子、喉元過ぎれば熱さを忘れる。貴重な警鐘から13年後にはチェルノブイリ原子力発電所の事故が起こり、それから25年後の今日、「フクシマ」の事故が起きてしまいました。私は、今回の事故後にこの本を読んだのですが、執筆当初から40年近く経っていることが信じられないほど、つい昨日書かれた本であるかのように、現代社会の直面する様々な問題、そしてその原因が描き尽くされていると感じました。換言すれば、人類はこの40年間ほとんど何も変わっていない。全地球的な危機を回避するためにそれほど努力もしてこなかった、とさえ言えると思います。

『奇妙なことであるが、技術というものは人間が作ったものなのに、独自の法則と原理で発展していく。そして、この法則と原理が人間を含む生物界の原理、法則と非常に違うのである。一般的に言えば、自然界は成長・発展をいつどこで止めるかを心得ていると言える。自然界の全てのものには、大きさ、早さ、力に限度がある。だから、人間もその一部である自然界には、均衡・調節・浄化の力が働いているのである。技術にはこれが無い。と言うよりは、技術と専門化に支配された人間にはその力が無いと言うべきであろう。技術というものは、大きさ、早さ、力を自ら制御する原理を認めない。従って、均衡・調節・浄化の力が働かないのである。自然界の微妙な体系の中に持ち込まれると、技術、とりわけ現代の巨大技術は異物として作用する』

『私は技術の発展に新しい方向を与え、技術を人間の真の必要物に立ち返らせることができると信じている。それは、人間の背丈に合わせる方向でもある。人間は小さいものである。だからこそ、小さいことは素晴らしいのである。巨大さを追い求めるのは、自己破壊に通じる』

こうしたシューマッハーの言葉に、もう一度耳を傾けるときが来たように思います。書店での入手は困難かもしれませんが、アマゾンで新刊が入手可能のようです。図書館でも見つけることができます。

『スモール イズ ビューティフル』—人間中心の経済学—

E.F.シューマッハー(著)
小島 慶三/酒井 懋 (訳)

出版社: 講談社学術文庫(1986/04)
ISBN-10: 9784061587304


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