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特集:環境に優しいエネルギー技術

海洋温度差発電の戦略的ロードマップと展望

佐賀大学海洋エネルギー研究センター 准教授 池上康之

※ 雑誌版の「サイバネットニュース」では、ページ数の関係上、中間部を割愛させて頂きましたので、Web版では頂いた原稿のほぼ全てを掲載させて頂きます。 

1.海洋温度差発電と複合利用


図1 海洋温度差発電の原理


図2 海洋温度差発電の複合利用

海洋温度差発電とは、海洋の表層部の温海水と深層部600〜約1000mの冷海水との間に約10〜25℃の温度差として蓄えられている熱エネルギーを、電気エネルギーに変換する発電システムです。

図1に、基本的な海洋温度差発電システムの原理を示します。主な構成機器は、蒸発器・凝縮器・タービン・発電機・ポンプです。これらの機器はパイプで連結され、作動流体としてアンモニアが封入されています。作動流体は液体の状態でポンプによって蒸発器に送られ、そこで、表層の25〜30℃の温海水によって加熱されて蒸発し、蒸気となります。この蒸気がタービンを通過することによって、タービンと発電機を回転させて発電します。タービンを出た蒸気は、凝縮器で深層より汲み上げられた4〜10℃の冷海水によって冷却され、再び液体に戻ります。この繰り返しを行うことで、化石燃料やウランを使用することなく、海水で発電することができる訳です。

日本の経済水域での海洋温度差エネルギーの総量は、省エネルギーセンター(旧日本熱エネルギー技術協会)の試算によると、1年間に1014kWhになるのですが、これは石油に換算すると、約86億トンに相当します。仮に、日本経済水域内の温度差エネルギーの1%を利用するとすれば、年間8600万トンの石油を節約できることになります。エネルギー大量輸入国であり、海洋国家である我が国にとって、海洋が貴重なエネルギー資源の一つであることが、このことからもわかります。

海洋温度差発電は、発電と共に持続的に海水淡水化や水素製造、リチウム回収などの複合利用も可能です(図2)。情報化社会に不可欠なリチウムイオン電池の原料であるリチウムは100%輸入に頼っているのが現状なので、海水からリチウムが回収できれば大きなメリットです。また、発電の際に利用する海洋深層水には、乱獲や環境変化で水産資源が減少している魚場の回復や、持続可能な水産資源の確保を目指した海洋牧場への利用といった他の様々な利用可能性も期待されており、既に、多くのプロジェクトが進められています。


2.現状と成果

海洋温度差発電の発電方式には、大別して、オープンサイクル方式とクローズドサイクル方式という二種類があります。我が国のサンシャイン並びに、ニューサンシャインプロジェクトでは、オープンサイクル方式が主に採用されました。米国でも当初オープンサイクル方式が採用されていました。一方、佐賀大学では、海洋温度差発電の実用化推進のためには、クローズドサイクル方式が不可欠であるとの見地から、その技術に特化しています。これまでの成果からも、オープンサイクル方式よりクローズドサイクル方式の方が適しているとの評価を得ており、現在では、国際的に見てもクローズドサイクル方式が主流になっています。

なお、我が国では、オープンサイクル方式で発電した場合の評価が海洋温度差発電そのものの評価となっていることが多く、それがこの発電方式への誤解を招いているという面も否定できないと思います。

次に、現在、海洋温度差発電を推進している各国の事情をご紹介します。

2.1 インドの動向


図3 日量100 トンの淡水化装置
2005年6月実用化(インド)


図4 日量1000 トンの実証実験装置
2007年4月(インド)

インド政府は、海洋温度差発電と海洋温度差を利用した海水淡水化を推進するため、研究プロジェクトをインド国立海洋技術研究所(National Institute of Ocean Technology, NIOT)を中心にスタートして、注目されています。

2005年6月には、陸上型で日量100トンの海洋温度差エネルギーを利用したフラッシュ式海水淡水化を世界で初めて実用化させており、今日まで約6年間継続して淡水を造水しています(図.3)。昨年、新たに同規模のものが3基設置され、最終的には、八つの島に日量100〜300トン規模の海洋温度差エネルギーを利用した淡水化プラントを建設する計画です。

2007年4月には、我が国の「拓海」プロジェクトでの取水管係留技術の成功事例などを参考に、530mの深さから管径1mの新しい取水管を設置することに成功し、ここからの取水による日量1000トンの海洋温度差エネルギーを用いたプロジェクトを成功させています(図.4)。

現在は動力源としてディーゼル発電を用いていますが、今後は海洋温度差発電で発電した電気を利用すべく、そうしたプロジェクトも進められています。更に、インドは環境に優しいエネルギーを用いた持続可能な淡水化の実用化も目指しており、海洋温度差エネルギーを利用した日量1万トンの海水淡水化プロジェクトをスタートさせています。

インドだけに留まらず、現在、米国・台湾・南太平洋島嶼国・キューバなどで新たなプロジェクトも提案されていますし、実際進行中でもあります。主なものを概説します。


2.2 米国の動向 


図5 ロッキード社のハワイにおける10MW OTEC 構想
http://www.lockheedmartin.com/products/OTEC/

米国では、50kWクローズドサイクル「mini-OTEC」(1970 年代にロッキード・マーチン社が世界で最初に建設した浮体式の海洋温度差発電実証設備)による、200kW のオープンサイクルシステムの実証試験以降、原油価格が比較的安値で安定していたこともあり、約15年近く海洋温度差発電の研究は低迷していました。当時、米国では、原油が1バレル49ドル以上にならないと、海洋温度差発電の経済的メリットは無いと評価していたのです。

しかし、2007年から米国のエネルギー政策は転換し、エネルギー省を中心に海洋温度差発電の本格的な導入検討が始まっています。2008年には、ハワイに1万kW規模の海洋温度差発電施設を建設するに際して、ロッキード・マーチン社を政府が公式に支援する旨の発表がなされています(図.5)。

特に、米国エネルギー省の海洋エネルギー推進プロジェクト中に海洋温度差発電が盛り込まれ、米国防衛省も参加しているNAVFAC(Naval Facilities Engineering Command)が、海洋温度差発電の情報収集及び情報交換を目的としてセミナーを開くなど、積極的な情報収集を始めています。民間では、ロッキード・マーチン社が上記のような政府の支援を得て、本格的な取り組みを再開しました。2008 年にはエネルギー省から120 万ドル、2009 年には防衛省から812万ドル、更に2010 年にもエネルギー省からの助成金を得て、海洋温度差発電の要素技術開発(取水管や熱交換器など)や市場調査を実施しています。

一方、ハワイ州の海洋温度差発電は、再生可能エネルギーの導入計画に基くもので、ハワイ電力やDOEと共に、海洋温度差発電を導入し、2015 年までに35MW、2030 年までに365MW 以上の発電量を目指す計画が、盛り込まれています。


2.3 フランスの動向


図6 フランス DNSC 社の仏領レ・ユニオン島における
10MW OTEC の構想
http://en.dcnsgroup.com/


図7 表層と深層1000mとの平均温度差(南太平洋)

フランスでは、政府主導で海洋温度差発電の推進を行っています。

欧州における海洋再生可能エネルギー事情を概観すると、波力・海流利用の発電分野ではイギリスが先導的役割を担っている一方、海洋温度差発電の研究ではフランスがリーダー的存在であると言えます。フランスにおける海洋温度差発電研究の歴史は大変古く、何より、1881年に世界で最初に海洋温度差発電を考案したことに始まります。1950 年以降、フランスでも石油価格が比較的安価であったことで研究開発は沈静化していましたが、近年の地球温暖化問題、石油価格高騰等の影響から、再び海洋温度差発電への関心が高まっており、フランス政府は国を挙げて研究開発を推進する意向を示しています。

近年、フランス政府造船局(Direction des Constructions Navales, DCN)を前身とするDCNS 社が2015年までに10MW規模の実証機を建設する計画を発表しました(図.6)。また、2009 年4 月には、インド洋の仏領レ・ユニオン島地方政府とR &D に関する合意を締結し検討を開始すると共に、2010 年からはタヒチ島における実施可能性調査も行っています。特に、このタヒチのおける5MW規模の海洋温度差発電には、日本の海洋温度差発電のエンジニアリング会社が、フランス政府からの依頼で協力・参画しています。

南太平洋などの島嶼国では、原油の高騰や水問題が深刻で、持続可能な発展のためには再生可能なエネルギーの開発が急務となっています。我が国を始め各国から支援で導入されたディーゼル発電機の運用が困難となり、持続可能な発展のためのエネルギーの転換を迫られているのです。このような状況の中、海洋温度差エネルギーが世界的にも豊富なこの地域は、それを利用して持続可能な発展を目指すことが検討されています。この分野で実績を有する我が国の海洋技術が貢献できる、重要な分野の一つだと思われます(図.7)。


3.佐賀大学の研究

3−1.海洋温度差発電


図8 30kW海洋温度差発電システム(佐賀大学)


表1 実験条件


図9 正味最大出力率
(正味出力/理論最大出力)

海洋温度差発電を高性能化するために、佐賀大学海洋エネルギー研究センターでは、作動流体を従来のアンモニアからアンモニア/水に変えて、現在、研究を行なっていますが、30kWのシステムにおいて、2週間の安定した連続運転が確認されており、また、正味出力もかなり安定しています(図8)。紙面の都合上、種々の結果は省略致しますが、表1に示す実験データ条件で、理論上の最大出力に対して、約25%程度の正味出力が得られています(図9)。ここで、最大正味出力とは、利用する海水の流量と温度に対して、理想的なカルノーサークルを利用して得られる最大の出力のことです。これまでの実験においては、正味出力比(正味出力/発電出力)として、最大で70%が得られています。ご興味があり、詳細をお知りになりたい方は、末尾の参考文献[2]〜[11]をご参照下さい。

また、海洋温度差発電を推進するため、その複合利用にも積極的に取り組んでおり、海水淡水化・リチウム回収などの実証試験を実際の海水を用いて行っています。特にリチウムについては、約半年の連続運転で、実海水からの回収に成功しました。 (図.10)。

3−2.海洋深層水利用

実用化の点では、海洋温度差発電より海洋深層水利用が先行しています。1986年に科学技術庁のプロジェクトとしてスタートした海洋深層水利用は、1989年に日本最初の陸上型海洋深層水施設が設置されて以来、全国規模で利用され、新たな産業の創出に貢献しています。この施設では、1日の海洋深層水取水量が数100トンから約13,000トン(久米島の総計)に及び、その利用技術は、国際的にも我が国が、米国と共に先導的な役割を担っています。

海洋深層水の主な特徴は、低温安定性・富栄養性・清浄性であり、電力のみでなく食品・飲料・医療分野への利用や、前述のように、豊かな魚場造成のための海洋肥沃化への利用などが、注目されています。

海洋肥沃化への利用としては、マリノフォーラム21のプロジェクト「拓海」において、世界で初めて、浮体型で日量10万トンの海洋深層水を汲み上げる装置の実証試験に成功し、台風等にも耐える技術であることが示されました(図.11)。ただ、海洋深層水を利用して海洋肥沃化を効果的に行うためには、日量50万トンから100万トン以上取水可能なプロジェクトによる検証が必要と言われています。



図10 リチウム回収システム(佐賀大学)

図11 海洋深層水を利用した海洋肥沃化
マニノフォーラム21「 拓海」

4.海洋温度差発電の経済性


表2 海洋温度差発電の技術開発目標(NEDO)

海洋温度差発電の経済性、いわゆる発電コストは、設置地域で得られる温度差やその季節的変動、設置形式、海底地形、送電方法等によって大きく変わるため一概には言えませんが、海洋エネルギー資源利用推進機構(OEA-J)の海洋温度差発電部会は、海洋温度差発電の経済性を算出しています[1]

数百kW 以下の規模では、発電のみでのコスト回収は困難であるため、海洋深層水利用などとの複合利用が推奨されています。1000kW規模では、太陽光発電並みの発電コストです。離島など、ディーゼル発電を用いている地域では、それと併用することで、双方のメリットが活かせるとされています。一方、スケールメリットが大きい発電設備であることから、100MW以上の規模では10円/kWh程度の、競争力ある発電コストが見込まれており、また、その安定性を活かして、太陽光発電や風力発電とハイブリッド化すれば、太陽光及び風力発電の安定性向上に貢献できるため、これらを融合させた形での経済性評価も重要と考えられます。

経済産業省では、現在、2015年までに海洋エネルギーの実用化を目指す方針を打ち出しており、経済産業省傘下の独立行政法人NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が、これを受けて技術開発のロードマップを設定しています。(表2、図12)。



図12 海洋温度差発電の技術ロードマップ
出典:NEDO、「 再生可能エネルギー白書」、 2010 年7月

5.今後の展望と課題

海洋温度差発電は、スケールメリットが極めて大きいため、逆に、小さいシステムでの運用は経済的に成立が困難です。商用展開を考える場合、1000kW以上のシステムが不可欠であると考えられます。

1000kW規模での海洋温度差発電は、まだ実用化されていないのですが、海外ではその実用化が積極的に検討・推進されており、特に、米国とフランスは積極的です。一方、我が国は実績ベースの傾向が強いため、まずは、国等の支援を得たプロジェクトの成功事例が商用展開の推進には不可欠でしょう。これまで述べてきたような海水淡水化や魚場造成、水素製造、リチウムやストロンチウムの回収等の有望な副産物をも複合的に利用できる500〜1000kW規模の実証研究をプロジェクトとして立ち上げ、実績を積むといったことが考えられます。

海洋温度差発電に留まらず、海洋エネルギーの実用化推進には、単独の技術ではなく、種々の分野の総合的かつ有機的な統合が不可欠です。我が国は海洋エネルギーの高いポテンシャルと技術力を有しながら、本格的導入計画では、残念ながら、欧米に比べて約10年以上遅れていると評されています。我が国において、海洋温度差発電が本格的な導入段階に至るまでには、戦略的かつ継続的で、官民一体となった(即ちALL JAPANでの)取り組みが、重要であると考えられるのです。

参考文献

[1] NEDO 再生可能エネルギー技術白書 (2010)

[2] 緑の分権改革推進事業「久米島海洋深層水複合利用基本調査」調査報告書 (2011)

[3] IEA-OES Annual Report 2006、2007、2008, 2009,2010

[4] The Ocean Energy Report : Tidal Wave - Ocean Thermal - Marine Current (Edition 3 – 2007)

[5] 永田・池上、海洋エネルギー、電気科学技術奨励会編、現代電力技術便覧、オーム社(2007)

[6] 上原春男、海洋温度差発電読本、オーム社(1982)

[7] 近藤淑郎編者、海洋エネルギー利用技術、森北出版(1996)

[8] 本間琢磨他、海洋エネルギー読本、オーム社、(1980)

[9] 21世紀の海洋エネルギー開発技術、日本海洋開発建設協会、山海堂(2006)

[10] NEDO海外レポート No.1001(2007)

[11] 国際海洋エネルギーセミナー論文集、佐賀大学海洋エネルギー研究センター(2007)

[12] 池上康之、海洋温度差発電、海洋エネルギー資源

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