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BOOKレビュー

『誰が日本の医療を殺すのか−「医療崩壊」の知られざる真実』

本田 宏(著)

今回のBOOKレビューでは、当初、内視鏡の開発を題材にした吉村 昭氏の小説『光る壁画』を取り上げようと思っていました。しかし、この機会に、医療現場の現状を知っておこうかなと思い掲題の本を読むに及び、日々の報道で接する以上に日本の医療が大変な事態に陥っていることを知りました。悠長に小説を楽しみ読書感想文(?)を書いている場合ではないようなのです、実際。

この本で取り上げられている勤務医(外科)の日常というのは、次のようなものです。朝8時に回診開始。その後は診察や手術・事務処理などの日常業務をこなしながら当直に突入。夜間救急の患者の診察や容態が急変した入院患者の対応などで、当直中は殆ど眠れない。緊急手術が行なわれることも度々ある。そうこうしているうちに当直が終わり、翌朝8時からの通常勤務が始まる。また回診から始めて外来診察・手術・事務処理を行なっていると夜の7時。これで当直のルーティン終了です。勤務時間は延べ35〜38時間。この本の出版年は2007年なのですが、この本で取り上げられている医師の過酷な労働状況が是正されたという話は聞きません。僅かな時間仮眠したくらいの当直明けでは、脳の状態は多量に飲酒したときと同程度に判断能力が低下しているそうで、当直明けに更に手術をこなさなければならないような現状は、患者のためにならないと著者は主張しています。確かに、医師(特に外科医)の仕事は人の命に関わるもので、そうそうミスが許されるものではありませんから、この過酷な労働状況は深刻です。

我が国の医師数は絶対的に足りないのだ、というのがこの本の主張です。医師は大都市や専門に偏在しているだけでなく、そもそも「絶対数」が足りない。絶対数が足りなければ、医師一人一人の労働が過重になるのは当然です。そのため、医師の過労死、立ち去り(大学病院などの地域の基幹病院を辞め開業医となる)、志願者不足などが生じている。最近は、妊産婦のたらい回しに端を発して、小児科医・産科医の厳しい勤務状況は周知されてきたようですが、外科医(脳外科を含む)も状況は同じで、あと10年もすれば外科の志願者はゼロになるのでは?と現場では囁かれているそうです。先進国との比較でも日本の国民一人当たりの医師数は、現在最低。数年後には、メキシコにも追い抜かれてしまうとか。

現在、国は医師の年間数100人規模の増員を目指して予算措置を講じているようですが、それでも高齢化が進む我が国の事情を考えれば、焼け石に水。現在の1.5倍の医師数を確保できなければ、高齢人口が激増する今後、国民に十分な医療を提供することは難しくなると本田氏は主張しています。多くの国民が医療難民となる日が到来しないとも限らないのです。本当に怖いことです。これまで、日本人は曲がりなりにも国民皆保険に守られ、ちょっと心配だなと思えば気軽に大学病院で診てもらうこともできました。そんなことは夢のまた夢といった時代になってしまうのでしょうか。

前回のこのコーナーで800兆円の財政赤字に触れました。本当に天文学的な数字です。しかし、それにしても、医療や教育の予算を削っていってどうするのでしょう。本田氏も医療予算をもっと増やすことこそ、喫緊の課題であると強く主張しています。

つくづく考えさせられました。「GNP世界第3位に転落」をどうこう言うまでもなく、日本はもうとっくにお金持ちではないんですね。限られた国家のお金に優先順位をつけて、できる限り有効に遣っていかねばならない。そのためには、国家にとって本当に大切なものは何かという思索が不可欠なはずです。

それにしても、私も税金を払っている身ですが、私たちの税金って本当のところどこに遣われているんでしょう…? 税金は元々国民のお金のはず(「血税」というくらいです。みんなが血と汗と涙で稼いで納めている大切なお金です)。それなのに、私たち国民の真の必要を満たすようには遣われていない。それこそが問題なのだと思います。

著者の本田 宏氏は埼玉県の済世会栗橋病院に勤務する現役の外科医で、多忙な業務の合間に「NPO法人 医療制度研究会」の代表理事も務め、日本の医療の根本的な問題を広く世に問い、国民的論議を巻き起こそうという活動にも携わっておいでです。

医療現場の日常を正直に物語ったこの本には、本当に迫力がありました。今回の本誌の特集では、医療の近未来の姿も垣間見た気がしましたが、その反面、肝心な医療従事者が激減してしまう、といった事態にはなってほしくないものです。いつか必ず誰もがお世話にならざるを得ない病院やお医者さん。そのときに、「手術は…えー、8ヶ月先…ですね」といった扱いを受けないためにも、医療現場の直面する問題に無関心でいてはならないと思いました。興味のある方も無い方も一読をお勧めします。

『誰が日本の医療を殺すのか―「医療崩壊」の知られざる真実』

本田 宏(著)

洋泉社 新書(2007/09)
ISBN:978−4862481719


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