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特集:医用工学の世界

医療におけるCFDの役割
−脳動脈瘤の治療判断と治療補助への応用について−

東京慈恵会医科大学  脳神経外科学講座 熹 洋之

1 脳動脈瘤とくも膜下出血

私の専門は脳神経外科で、主に脳動脈瘤が研究対象です。脳動脈瘤とは、脳の血管が膨れたものですが、近年では検査機器の進歩(MRAや3次元画像構成)や脳ドッグなどの普及により発見される確率が上がっています。脳動脈瘤破裂による出血はくも膜下出血※1となります。現在年間10万人のうち約20人が発症し、3分の1はその場で亡くなると言われており、発症して社会復帰できる方は3分の1にも満たないという怖い病気です。くも膜下出血は、分類上は脳卒中※2の一種です。医学の進歩で脳卒中全体の死亡率は年々減少してきましたが、くも膜下出血の発症数や死亡数には殆ど変化がなく、年間2万人程度の人が発症します。

「くも膜下出血」という言葉は多くの方が聞いたことがあると思いますが、その原因である脳動脈瘤は一旦形成されてしまうと自然には治りません。また、瘤を小さくする、或いは消してしまうといった薬も残念ながら現在のところ無いのです。そのため、現状ではその治療方法として外科的手法を用いるしかありません。

ところが、脳動脈瘤の全てが「最後は破裂する」というわけではないのです。破裂したらくも膜下出血となりますが、実際は破裂しない可能性もあり、現実に破裂せずに一生を終える方もいらっしゃいます。

治療となると手段は外科的なものに限られ、しかも場所は脳です。治療(=手術)で何か起こった場合に取り返しのつかないことになる可能性もあります。また本当に破裂するかどうかもわからないという状況で、患者さんはもちろんのこと治療従事者も本当に治療すべきかどうかを悩むことになります。

そのため、治療当事者として「瘤の破裂予測が可能になれば大幅にリスクを軽減できる」と考えるのは自然なことで、しかも明確な根拠に基づいた破裂予測を可能にしたいということになるわけです。

2 脳動脈瘤の破裂率

従来、未破裂脳動脈瘤の年間破裂確率は、1〜2%と言われてきました。しかし、最新の調査結果※3によると、くも膜下出血を以前に起こしたことのない患者では、直径6mm以下の動脈瘤の場合、年間破裂確率は0.1%、7〜9mmの場合は0.7%という結果になっています。従って、くも膜下出血を起こしたことのない患者で直径が6mm以下の場合は、従来言われていた破裂率よりもかなり低い可能性あります。しかし、このデータも現在いろいろな偏りが指摘されており、現在も破裂率に関しては様々な議論がなされているのが現状です。

一方、手術のリスクは3〜4%とされていますから、破裂の危険性がこのリスク値を超える場合は、経過観察ではなく治療に踏み切った方が良いということになります。現在の当大学病院での状況はどうかと言いますと、約2500個の動脈瘤を診ていますが、そのうち7割は経過観察のみで治療は行なっていません。

脳動脈瘤の治療は前述のように外科的なものに限られ、その術式にはクリッピング術(図1(a))とコイル塞栓術(図1(b))があります。クリッピング術は開頭手術を伴うもので、実際に脳を開いて内部の動脈瘤を実見しながら瘤の付け根部分を金属クリップで留め血液の流入を遮断します。これに対してコイル塞栓術は大腿部の付け根の血管からカテーテルを入れ、金属コイルを動脈瘤まで誘導し、内部にそのコイルを詰めて血流の流入を遮断します。もちろん、どちらも一長一短がありますが、患者さんへの負担が小さい点では開頭手術を回避できるコイル塞栓術に軍配が上がります。どちらを選ぶかはいろいろな事情を考慮し患者さんと相談して判断して決める、ということになります。それぞれの症状に応じて適切な治療法を選択しなければならないということです。


図1 (a)クリッピング術

(b)コイル塞栓術

3 動脈瘤の破裂率予測

いずれの治療方法も瘤への血液流入を遮断する手法であることから推測できるように、動脈瘤の破裂には血液の流動特性が大きく関係していると考えることができます。つまり、流体力学的問題が大きく関わっているということです。そこで、血流を詳しく解析してみれば、どういう動脈瘤症例が破裂しやすいのか予測できるのではないかという着想で、東京慈恵会医科大学では、現在“脳動脈瘤破裂予測プロジェクト”を立ち上げています。幸い当大学病院は多くの脳動脈瘤の患者さんを受け入れている病院の一つであり、様々な脳動脈瘤を見ることができます。中には残念ながら経過観察中に破裂してしまった患者さんもいらっしゃいましたが、破裂前に撮った動脈瘤画像は経過観察中の方の未破裂動脈瘤と比較する大変貴重な医学的データとなっています。現在では流体力学的アプローチを用いて破裂症例(実際に破裂してしまった患者さんの破裂直前の状態)と未破裂症例の差を見つける試みを始めており、その差異が顕著に表れる幾つかのパラメータが見出されつつあります。

これまで、破裂にはWall Shear Stress、即ち血流が血管壁に与えるせん断応力の強弱が最も影響すると考えられていました。しかし破裂症例と未破裂症例を比較してみると、せん断応力に殆ど差が無い、破裂症例の方が大きなせん断応力となる、逆に小さくなるなど、その見解は様々でせん断応力だけでは説明がつかないことも数多くあることがわかってきました。

そこで、新たに「エネルギー損失」という概念を導入しました。せん断応力に差がなくても、血流の持つエネルギーが瘤を通過する際にどの程度損失するかが破裂率に関係するのではないかという理論です。瘤の中のエネルギー消費率が高い(=瘤内の血流が複雑で局所的に速度差が大きい)ほど、破裂の危険が高いのではないかと我々は考えています。動脈瘤の血流シミュレーションをANSYS CFX 12.1を用いて行ったところ、「エネルギー損失理論」を裏付けてくれるような解析結果もかなり集まりつつあります。

もちろん、他にも破裂の危険性を高める要因と疑われる幾つかのファクターについて検討を行なっており、有意差が出ているファクターもあります。しかし、これらのファクターは瘤及びその瘤が形成されている母血管の形状以外は全て同一の条件を用いて計算しています。そのため現在のところは十分な精度であるとは言えませんが、今後、血液の物性や血流量などのデータに補正を掛けていくことで、更に精度の高い破裂予測が可能になると考えています(図2)。


図2

4 脳動脈瘤解析ソフト開発の可能性

幸い研究はかなり進んでおり、現在、流体解析ソルバーを組み込んだ脳動脈瘤の破裂診断解析ソフトを開発中です。完成すればどの病院でも未破裂動脈瘤の流体(血流)解析及び破裂予測に使えるようになります。また、その診断が最も難しいと言われる脳動脈瘤の破裂予測がある程度の精度でできるようになれば、他の臓器にできる動脈瘤にも応用可能だと考えています。つまり、動脈瘤全般の治療に大きな道を開くものになるわけです。

また、私たちは既にサイバネットシステム社と共同開発で動脈瘤に関する医療用ソフトを開発しています。先に述べたコイル塞栓術については「NeuroVisionAMT」(サイバネットシステム製)というソフトウェアが完成しており、血管造影/CT装置から得られた画像から未破裂動脈瘤のサイズを自動計測し、どの種類のコイルでどの程度塞げば完全に血流を閉塞できるかを予測できるようになっています。複雑形状の動脈瘤にも対処できるよう、手動で瘤の計測ができるモードも備えられています(図3)。


図3 (a) NeuroVisionAMTを用いて、縦・横・ネックの径と体積が簡単に計測できる
(b) コイルの種類を選択することで塞栓率を簡単に計算することができる

5 iPhoneを利用した脳卒中の画像診断・治療支援


図4 iPhoneの専用ソフトとして開発されたi-StrokeのViewer機能 CFDの結果も見ることができる

もう一つ、当大学病院ではiPhoneを利用した脳卒中の新しい画像診断・治療補助システム(i-Stroke)を開発中です。脳卒中では、現在優れた新薬や治療器具が開発され、早期にそれを投与もしくは使用すれば従来より高い回復率が期待できます。しかし、脳卒中は発症から治療までの時間が短ければ短いほどよく、専門医到着までの時間ロスを防ぐなど、受け入れ体勢を整備する必要があります。そこで院内で撮ったCT、MRI、DSAなどの頭部2次元スライス画像や3次元脳血管画像をiPhone に高速送信できるようにしました。患者さんの症状が重く、当直ドクターが判断に迷った際、他の熟練した医師のiPhone に画像を送って見てもらうといったことも可能です。救急の患者さんが到着したときは、脳神経外科医や救急医、集中治療医や放射線技師など、全関係者のiPhone にコールメッセージと共に患者の年齢・性別といった生体情報プロフィルが送られます。更に、治療のタイムリミットともされる発症から3時間(血栓を溶かす薬)や8時間(血栓を機械的に除去するカテーテル)を目処に、来院してから行なわれた検査や治療がiPhone 上で経時的に関係者全員がすぐ確認できるようになっており、迅速なチーム医療に役立っています。動画ももちろん対応しています。手術室ナンバーを押せばすぐにその手術室のライブ映像に繋がるようにもなっているので、病院に向かう道中で手術の様子をリアルタイムで見ることも可能です。画面は小さく機能も限定されてはいますが、緊急の場合には充分役立ちます(図4)。

現在の工学技術の進歩は医学の世界に大きなシナジー効果を与えています。今後もいろいろな工学的成果を取り入れながら、脳卒中の治療のために役立てたいと考えています。


※1 くも膜下出血:脳を保護する「くも膜」の内側で出血する病気。保護膜は一番外側から「硬膜」、「くも膜」、「軟膜」の三層で形成されており、「くも膜」と「軟膜」の間の太い動脈から出血することで起こる。

※2 脳卒中:脳の血管が詰まったり、破れることで出血してしまう病気の総称。その中で多いのが、血管が詰まるタイプの「脳梗塞」、出血するタイプの「脳出血」、「くも膜下出血」の3つで全体の約75%を占めるとされている。

※3 2003年に、Lancet誌に発表された、International Study for Unruptured Intracranial Aneurysmの、最新の prospective studyの結果

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