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特集:医用工学の世界

医用画像処理の世界 ―画像診断支援と手術支援の観点から―

名古屋大学 情報連携統括本部情報戦略室  森 健策 教授

1.はじめに

「医用画像」とお聞きになり何を思い浮べられるでしょうか?やはり一番身近なものとしては、よく病院でお世話になるレントゲン写真(X線写真)ではないかと思います。もちろん、大きな病院で検査されたことがある方であれば、人体の輪切り画像が撮影可能なCT装置、或いは、脳ドックなどで利用されるMRI装置などが思い浮かぶかもしれません。産婦人科領域において広く使われる超音波画像診断装置によって得られる超音波断層像も、私たちにとっては身近な医用画像です。更には、胃カメラに代表される内視鏡によって撮影される画像も医用画像と言えます。

医用画像の歴史は古く、115年前のレントゲンによるX線の発見からスタートしたといっても過言ではありません。この間、医用画像を撮影する装置(医用イメージング装置などと呼ばれます)は急速に発展し、最近の多検出器型CT装置(一般的には、マルチスライスCT装置などと呼ばれます)を用いれば、わずか数10秒の間に全身の輪切り断面像(スライス像と呼ばれます)を撮影することが可能となっています。図1にCT装置によって撮影されたスライス像の一例を示します。例えば、首の部分からお尻の部分までのCT像を撮影すると、約1000枚(1mm間隔での断面像)から約2000枚(0.5mm間隔での断面像)のスライス像が撮影されることになります。各スライス像上には人体内部の構造に関する詳細な情報が含まれており、この画像を詳細に観察することによって、がん・肺気腫・大腸ポリープなど、様々な病気の診断が可能となっています。


図1 腹部領域における
CTスライス像の例

医用画像の分野は発展を続けており、それにはコンピュータによる処理が欠かせないものとなっています。特に、先述のマルチスライスCTに代表されるように高速かつ大量の情報が取得可能なイメージング装置が一般となった現在、これらの医用画像を効率的或いは効果的に処理する手法が求められています。このような処理手法を研究する分野は、医用画像処理分野と呼ばれており、病気が疑わしい部分をコンピュータが見つける、あたかも内視鏡で観察したかのような画像を作り出す、或いは、医用画像処理によって手術をガイドする(ナビゲーションする)などの研究が活発に行われています。本稿では、このような医用画像処理の世界をご紹介したいと思います。


2.仮想化内視鏡


図2 CT像から生成した
仮想化気管支鏡像の例

まず、最初にご紹介したいのは、CT画像といった医用画像からあたかも内視鏡で観察したかのような画像を得ることのできる仮想化内視鏡システムです。非常に基本的なシステムは1993年–1994年を中心に発表され、現在でもこの仮想化内視鏡システムをベースとしたシステムがいろいろと提案されています。当時はコンピュータの処理速度が遅く、実用的な速度で動作させることは難しかったのですが、コンピュータの急激な速度向上とボリュームレンダリングと呼ばれる3次元CT像などの医用画像から立体的な形状を描画するソフトウェアの最適化が進んだことから、現在は臨床の場において日常的に利用されています。仮想化内視鏡システムによって生成した仮想的な気管支内視鏡画像の例を図2に示します。仮想化内視鏡システムを利用すれば、人体内部を自由に飛び回る(「フライスルーする」と呼ばれます)ことができ、異常が疑われる部位がないかどうかを容易に診断することが可能となります。この仮想化内視鏡システムによるフライスルーは、映画『ミクロの決死圏』のような感覚をユーザに対して与えます。

さて、CT像などの医用画像をもとに仮想的な内視鏡画像を生成する仮想化内視鏡システムですが、実際の内視鏡と比較して、@患者さんに苦痛を与えない観察が可能、A任意位置・方向からの観察が可能、B半透明表示にすることで対象とする臓器のみでなくその向こう側に存在する臓器まで観察可能、C種々の特徴量計測が可能、といった特徴があります。この特徴を利用した新しい画像診断の分野が、現在開拓されつつあります。


3.診断支援のための医用画像処理


図3 仮想化大腸鏡像の例

ここでは、診断支援のための医用画像処理の例として、大腸ポリープ診断支援システムをご紹介します。大腸ポリープの発見には、CT像ならびに仮想化内視鏡を利用する試みが行われています。このような手法はCTコロノグラフィと呼ばれており、大腸ポリープ発見のための新しい診断手法として注目されています。従来、大腸ポリープの発見には大腸内視鏡検査が行われていますが、苦痛を伴う、或いは大腸穿孔の危険性などが指摘されています。CTコロノグラフィの場合、患者さんは前日に検査食をとり、検査当日はCT装置でCT像を撮影します。このCT像を基に前述の仮想化内視鏡システムによって、仮想的な内視鏡画像を生成することで、大腸内部にポリープがあるか否かを検査することができるようになります。図3に仮想化内視鏡システムによって仮想的な大腸内視鏡画像を生成した結果を示します。



図4 大腸ポリープ自動検出結果の例。
青くマーキングされた部分がコンピュータによって自動検出された大腸ポリープ領域



図5 仮想展開像表示機能を持つCT像に基づく大腸ポリープ診断支援システムの例。
最上段に大腸の仮想展開像が表示されている。

しかしながら、大腸内部には沢山の「ひだ」があり、仮想化内視鏡システム上で先述のフライスルーを行って大腸内部を観察したとしても、ひだに隠れてポリープ発見を見落とす可能性があります。また、大腸内部を仮想的フライスルーにも時間を要すため、スクリーニング検査のように短時間で大量の検査を行う場合には問題になることがあります。これらの問題を解決するために、CT像から大腸ポリープが疑われる領域を自動的に発見する研究、仮想的に大腸を直線上に伸ばし、それを切開、展開したような画像を作り出す研究なども行われています。図4に、CT像から自動的に大腸ポリープを検出し、その領域を仮想化内視鏡画像上にマーキング表示した結果を示します。ここでは、CT画像における濃淡の変化から大腸ポリープが疑われる領域を自動的に検出しています。また、図5に大腸の仮想的な展開像を表示可能なシステムの画面例を示します。このシステムでは、医師は大腸仮想展開像を左右にスクロールしながら大腸全体を観察し、大腸ポリープと疑われる部分を発見します。先ほどの大腸ポリープ自動検出結果を重ね合わせて表示することで、より的確に大腸ポリープを発見することができるような仕組みも用意されています。


4.治療を支援する医用画像処理


図6 体内臓器構造の可視化例


図7 仮想気腹処理。CT画像に変形処理を施すことにより仮想気腹を実現している。

医用画像処理は、先ほどの大腸ポリープ検査のような診断を支援するだけではなく、手術を支援するためにも利用されています。特に、腹腔鏡手術といった内視鏡手術の普及に伴い、内視鏡手術を支援するために医用画像処理手法を利用する研究が行われています。内視鏡手術ではお腹などに小さな穴を複数あけ、その穴から内視鏡と鉗子と呼ばれるはさみを挿入し、それらを医師が操作することで手術が行われます。しかしながら、内視鏡の視野は狭く、事前に各患者さんの体内の構造を理解しておくことは非常に重要です。そこで、手術を受けられる患者さんのCT像を基に、あらかじめ内視鏡手術をシミュレーションする、或いは、仮想化内視鏡システムと実際の内視鏡を連動させることで現在体内のどのあたりを見ているかを示す、などによって治療を支援する研究が行われています。

例えば、各患者さんのCT像を基に、コンピュータによって肝臓、膵臓、血管などの各臓器を自動抽出し、患者さんの体内構造を可視化することが行われています(図6)。腹腔鏡手術では、患者さんの腹壁を持ち上げる(気腹と呼ばれます)ことによって内視鏡・鉗子を挿入するスペースを確保した後、手術が行われます。そこで、図7に示すように患者さんのCT像に対して仮想的な気腹処理を施した後、それを仮想化内視鏡システムで可視化し、更に仮想的な鉗子を挿入することで、手術シミュレーションを行う機能が実現されています(図8)。このシミュレーションは患者さんごとに行うことができますので、臓器の位置の個人差などを手術前に確認することができ、確実な手術の実現へと繋がります。また、腹腔鏡に位置センサを取り付け、手術中に実際の内視鏡画像に連動して仮想化内視鏡画像を提示することで手術を支援する研究も行われています(図9)。このような研究は、腹部領域だけでなく、胸部領域(図10)、脳神経外科領域(図11)などにおいても行われています。



図8 患者さんごとのCT像に基づく
腹腔鏡手術シミュレーションの例

図9 腹腔鏡画像に連動して仮想化腹腔鏡画像を
提示することで腹腔鏡手術支援を行っている例


図10 気管支鏡ナビゲーションシステムの例。
仮想化気管支鏡が実際の気管支鏡に追従することで気管支鏡検査をナビゲーションする。

図11 脳神経外科領域における
手術ナビゲーションの例

5.これからの医用画像処理

医用画像処理分野は非常に広く全てをご紹介するのは難しい面もあるため、医用画像処理分野における代表的な項目を2つ取り上げ簡単にご紹介しました。現在の医用画像処理は各患者さんの医用画像をコンピュータが完全に理解することで、より高度な診断治療支援手法を実現することを目指しています。それによって、ごく早期の病気の発見や、より確実で低侵襲な治療が可能となります。例えば、筆者らが参加する文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「医用画像に基づく計算解剖学の創成と診断・治療支援の高度化」は医用画像処理の高度化とその診断治療への応用を目指して日々研究に励んでいます(http://www.comp-anatomy.org)。また、ロボット手術と医用画像処理が組み合わさることで、まさに未来的な治療システムが実現し、或いは、カプセル内視鏡によって得られる画像をコンピュータが高度に処理することによって、より簡便でかつ的確な検査が実現するのではないかと考えています。

医用画像処理は、病気の早期発見を助け、仮に病気が見つかったとしても的確な治療を支援するといった意味で、これからも皆様の生活にお役に立てるものと思います。

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