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「見える化」技術

都市の環境問題を体感する
〜シミュレーションとVR(バーチャルリアリティ)で“街”を再現〜

中央大学理工学部都市環境学科計算力学研究室
樫山 和男教授


今回は、計算力学をベースにシミュレーション結果をよりよく「見える化」する研究に取り組んでいらっしゃる、中央大学理工学部の樫山和男教授にインタビューしました。現在、樫山教授は、バーチャルリアリティ装置*1)を用いてVR空間上で3次元都市を創り、そこで発生しうる様々な都市環境における現象を「見える化」し、より判りやすい形で呈示しています。


新宿高層ビル群の風の流れ解析結果(下)と それをバーチャルリアリティ空間に表示している様子


まず、先生のご研究について簡単に教えて下さい

私のベースは計算力学で、それを基に、これまで都市環境・防災に関する研究、例えば、都市の熱循環や風、河川や海岸の流れのシミュレーションを研究の中心にしてきました。現在、計算理論や情報機器の発達に歩調を併せて、シミュレーションからバーチャルリアリティ(以下、「VR」と記す)へと研究の幅を少し広げてきたところです。

しかし、VRをよりよく理解・運用するにも、物理現象の基本理論や数学が不可欠であることは言うまでもありません。そのため、この研究室では、VR装置を積極的に使ってVR手法の開発・応用を進めていくグループと、計算力学の方法論で数値シミュレーション手法を開発するグループに、大きく分かれて研究を行なっています。

今、最も興味を持たれているのはどういうことですか?

音の可視化・可聴化*2)ということですね。都市の音環境に注目しています。現在、実際に取り組んでいるのは騒音の可視化と可聴化で、騒音の音圧レベルをシミュレーションしています。音自体はサンプル音を使うのですが、例えば、バイクや車ならその典型的な音を採取してきて、実際の道路でのバイクや車の騒音がどの程度のものなのかを体感することができます。そのシミュレーション結果をVR化した空間の中に流して、よりわかりやすくアウトプットする試みを行なっています。つまり、空間を3次元的に表示して、そこに自動車音を3次元的に響かせる。そうすることで、より具体的な騒音のイメージが得られるわけです。

高速道路の自動車音の可聴化にも取り組んでいますが、今後、このようなVRを利用したプレゼン手法が進んでいけば、高速道路建設の際など、住民との合意形成を得るための有効な説明手法となると思います。実際に「このくらいの“うるささ”です」ということで、耳で感じてもらえれば、書類で騒音の数値を読み上げるよりずっと効果的です。

まさに、「百聞は一見に如かず」ですね。将来的には、バーチャル観光のような形で街を体感するということもできるようになりそうですね

ええ、可能だと思います。現在、都市空間のバーチャル化はポピュラーになってきていますが、例えば、大阪なら大阪に特有の景観(道頓堀や大阪城)というだけでなく、特有の音(大阪弁)というものもあるわけですよね。音というのは、都市を体感するかなり重要な要素だと思うのです。それを、3次元表示でバーチャル化させた空間と結合させることで、その街々の個性を感覚的によりよく把握できるようになると思います。

*1) 中央大のシステムでは、左右と床のスクリーン3面に立体映像を投影することで、観察者はコンピュータグラフィックスで作られた世界を体感することができます。さらに、8台のスピーカーで3次元的な音場も再現できます。ソフトウエアは、AVS/Express(シミュレーションの可視化)、FusionVR(3次元表示合成)、VR for MAX(VRシーンの記述)などを使っています。
*2) 音のシミュレーション結果をスピーカーで音として呈示することを、見える化→「可視化」になぞらえて、聴こえる化→「可聴化」と呼びます。



騒音の可視化&可聴化体験の様子:この道路を正面から車やバイクが走ってくると、の立体映像と同時に音も通過していく。防音壁の高さや車の速度、路面の状態等を設定することができる。

◆ここで、都市の風の流れと、道路騒音をVR化したシステムを体験させてもらった。立体映像を見るためのメガネをかけると、解析対象の新宿や日本橋周辺の映像が3次元的に立ち現れる(ただ、色は黒っぽいので、「影の街」に立っているといった感じである)。実際に街中で周りを見ているように感じられ、乱立するビルの連続性や高さの違い、奥行き方向をはっきりと認識できる。そのため、風がどの方向から吹いてくるのかも、よりイメージしやすい。

騒音のVR化の方は、道路に面したマンションの前を車が通過するという設定で、その音を映像と共に可聴化している。ベランダに出たとき、窓を閉めて部屋にいるとき、道路に面していない部屋ではどのように聞こえるか、遮音壁を設けたらどうなるか、など様々なシミュレーションが可能となっている。

どちらのシミュレーションも、都市計画や建築計画にすぐ役立ちそうです

そうです。もう既に、風の解析(=風況解析)のシミュレーションは、実際の建築計画に活かされ始めています。建物の出現で、その周辺の風の流れがどう変化するか、といったことを事前に把握できますからね。しかし、街の3次元化表示の中に風況解析の結果を流すと、その理解がよりいっそう体感的になります。VR空間そのものが、「風洞」になった感じ。言わば、“バーチャル風洞”ですね。

ただ、このVR装置から実際の風は出ないんですよね?

残念ながら風は出ません。可視化表示だけです。実際に風を出して、街のある一点でこんな風が吹いているというところまでいけるといいのですが、それは、現状の機器ではちょっと難しいのです。でも、匂いなどは工夫すれば出せるので、出してみたら面白いんじゃないかと思っています。先ほどのバーチャル観光に近い話になりますが、大阪の「食い倒れ」で流れている匂いとか、コーヒーの匂いとかね。

VRにはいろいろな可能性があるのですね

その通りです。人間が感覚的に捉えることのできる表示形式であるという点が大きなメリットですね。VRで可視化することによって今まで気づかなかったことにも気づけます。3次元にした途端、プリプロセッシングの段階でのメッシュの歪みや精度などにも気づくようになりますね。VRでは、解析領域の中に自分が没入する感覚を味わうことができるので、それによって、わかる部分が増えるわけです。空間的に狭小なところにまで自分が入り込んでいけることで、より多くのことに気づくんですね。例えば、風の流れで言えば、従来の透視図を用いた2次元表現だと、流線などで風を表現するとしても、奥行き方向の情報は正しく把握できません。それがVRになると、街の中に実際に自分が立っている感じになるので、その場所の風の流れをより具体的に把握できます。現実把握がより容易に、かつ正確になるわけですね。

VRはこれからどんな方向に進んでいくのでしょうか

これまではVR自体の研究が多かったのですが、これからは、VRをシミュレーションのツールとして用いる応用的な研究が多くなってくると思います。複雑な力学現象の理解と解明にVRは非常に有効な手段です。

とは言っても、私はベースが計算力学なので、VRをこのように「計算力学における表現手段」といった見方をするわけですが、VRの専門家の世界では、逆に、VRの適用事例のひとつとして計算力学を見ている人もいます。私はVRの専門家ではありませんが、非常に拡大しながら進んでいると言える分野かもしれません。この傾向は今後も続き、ゲーム性やシミュレーション性がどんどん追求されると、よりVR重視になって計算力学を飲み込んでいくかもしれませんね。誰でもすぐに理解できるというのがVRの強みで、物理学や数理計算に無縁な一般の人もすぐにわかる。感じることができる。これには非常に強い説得力がありますよ。「一目瞭然」の世界なんですから。

では、最後に今後の夢を聞かせて下さい

従来の防災シミュレーションは、構造物の被害シミュレーションが中心でしたが、将来的には人間にどのくらいの被害が出るかというシミュレーションもやってみたいですね。今、「巨大津波が都市に来襲したら…」といった災害シミュレーションに取り組み始めています。こうしたシミュレーションの場合、その精度を上げようとすると人間行動の把握が不可欠です。そのためには、「防災心理学」と言うか、災害時における人間の心理や行動をモデル化しなくてはなりません。これは難しいことですが、災害時の行動モデルを作るために、VR空間内で津波を再現して津波現象を体験する人の脳波を計ることを始めました。こうした行動モデルは、全く無いわけではないのですが、まだまだ大雑把なものです。もっと精密な行動モデルを作ってみたいと考えています。

◆終わりに

樫山先生は都市環境を考えることが大好きなので、今後も、計算力学とVRをフルに活用して都市環境問題の研究を続けていきたいとのこと。計算力学を基礎にVRを使って都市の問題を「見える化」し、それによって、HQC(High Quality Computing)を実現したい!と熱く語って下さいました。

樫山先生、お忙しいところ有難うございました。

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