HOME

特集:今あらためて“モデル”

バイオメカニクスにおけるモデル化

東京工業大学 大学院情報理工学研究科 情報環境学専攻 准教授 中島 求 氏

1.はじめに

「バイオメカニクス」は「生体力学」とも訳される、生体を対象とした力学の学問分野です。また、工学、体育学、医学、生理学、生物学などの多岐の研究分野にまたがった学際領域でもあります。現在、バイオメカニクスにおいてもモデル化やシミュレーションの研究が広く行われています。しかしバイオメカニクスにおける生体のモデル化には、従来から行われてきた工業製品などの人工物のモデル化とは異なる、独自の考え方や留意点があります。本稿では著者らの研究の実例も交えつつ、それらを紹介したいと思います。

2.モデルの種類と概要

2. 1. モデルの種類

一口にバイオメカニクスにおけるモデルと言っても、実際には数多くの種類があります。次に詳しく述べる剛体リンクモデルと筋骨格モデルの他にも、自動車衝突時の乗員挙動解析などによく用いられるマルチボディモデル、生体を変形する弾性体と考え有限要素法を適用する有限要素モデル、脳神経系における信号の流れを扱う脳神経系モデルなどがあります。本稿では紙面の制約上、筆者自身が研究で扱った経験がある剛体リンクモデルと筋骨格モデルについて、以下にもう少し詳しく述べます。バイオメカニクスにおけるモデル化全般については文献1)も参考になるでしょう。

2. 2. 剛体リンクモデル


図1 剛体リンクモデル概念図

人間の身体を、関節で接続された剛体(関節以外の箇所では変形しない)のリンクとみなすモデルです(図1)。各剛体はセグメントもしくは体節と呼ばれます。関節は単純なピンジョイントや球ジョイントとされる場合が多いようです。このモデルに身体運動(関節角および身体全体の絶対運動)と外力を与えれば、各剛体に働く並進力とモーメントが計算できるので、リンクをつなぐ関節に作用する並進力やモーメント(関節トルク)を求めることができます。このような解析は逆動力学解析と呼ばれ、スポーツなどの動作分析で広く用いられています。

剛体リンクモデルを実際に使用する際には、各セグメントの質量、質量中心位置、慣性モーメント、関節位置などのパラメータが必要になります。例えば日本人アスリートについてこれらを推定した研究がありますので2)、このような研究を利用するか、または個別の被験者に対応してさらにスケーリングなどを行って調整する場合もあります。


また、身体運動を取得する必要があります。実験から測定する場合には、まず複数のマーカー(目印)を被験者の身体に取り付けた上で所望の動作を行ってもらいます。そしてマーカーの位置座標を動作解析システムにより測定します。動作解析システムは通常、複数台のカメラ、コンピュータおよび専用ソフトウェアからなり、マーカーの三次元位置座標を算出します。そしてマーカーの位置座標から関節角などを算出することになります。この一連の作業は、身体運動が二次元とみなせる場合には比較的楽ですが、三次元の場合にはなかなか大変なものとなります。ただ最近の動作解析システムの中には、バイオメカニクスの逆動力学解析まで一気に行えるようなものもありますから、そのようなシステムを利用するという手もあります(そのようなシステムは往々にして高価ですが)。

2. 3. 筋骨格モデル


図2 筋骨格モデル概念図

このモデルは剛体リンクモデルをさらに発展させたものです。図2にその一部(一つの関節部)を示します。筋骨格モデルでは、セグメントを駆動するアクチュエータを、骨格筋を模擬した多数のワイヤーとします(図2のピンクの線)。そして各筋の筋力としてのワイヤーの張力を求めます。このとき、一つの方向に関節を駆動するのに、生体の筋骨格系では複数の筋(ワイヤー)が受け持っています。すなわち筋は関節自由度に対して冗長性を有しています。このとき、図2の筋1と筋2の張力の分担の割合(配分)を決定することが問題となります。実際には、この配分は脳神経系から各筋への指令信号によって決定されているわけですが、一つ一つの身体動作について、この脳神経系からの信号を明らかにすることは非常に困難です。そこで現在の筋骨格モデルでは、「脳神経系からの指令は、何か一つの筋に多大な負担がかかるような不合理なことはしないだろう、合理的なものになっているだろう」という考えの元に、何らかの最適化計算により筋力配分が決定されています。具体的には、筋力を筋の断面積で除した筋応力について、すべての筋の筋応力の2乗和や3乗和を最小化するという目的関数が用いられることが多いようです。その他にもAnyBody Modeling System(以下AnyBody)のように、筋応力の最大値の最小化(これは筋応力の無限大乗和の最小化に相当します)を用いる場合などもあります。これらの目的関数の妥当性については、自転車こぎなどいくつかの単純な動作についてはある程度検証されていますが、すべての動作に万能な目的関数というものはなく、この目的関数の設定の仕方自体が、筋骨格モデルの研究分野では現在もホットな話題になっています。また、図2の黒点で示される、筋のセグメントへの付着位置などの幾何学的なパラメータも決定する必要があります。


なお本モデルでは、各筋の負担を個別に定量的に求めることができるため、人間に接する工業製品の製品評価や、剛体リンクモデルよりも詳細な動作分析などに用いられつつあります。

3.モデルの実例紹介

3. 1. 剛体リンクモデル


図3 剛体リンクモデルによる水泳の解析

剛体リンクモデルによる解析の実例として、筆者らによる水泳の解析を示します。図3(a)はクロールの解析例で、身体から赤く伸びているのは身体各部に作用する流体力の向きと大きさを表しています。この解析は実は完全な逆動力学解析ではなく、身体関節角は与えますが、身体全体の一つの剛体としての6自由度運動は順動力学的に結果として求まるようにしています。そのため、例えば関節角を少し変えれば、それが泳ぐ速度にどのように影響するかなどを解析することができます。また水泳においては、陸上と異なり、水に浸かっている全身が水からの流体力を受けます。この流体力を見積もることが従来非常に困難と考えられていたため、このような水泳の解析モデルは存在しなかったのですが、筆者らは、流体力を身体各部の局所運動状態から計算できると仮定した流体力モデルを考案したことによって、本解析モデルを実現しました。このモデルはSWUM(SWimming hUman Modelの略)と名づけられ、図3(b)のようなGUIを備えたフリーソフトウェアとして公開もされています3)。本モデルは競泳選手の動作分析や、水泳用具の開発など、多くの応用可能性を有しています。


3. 2. 筋骨格モデル


図4 筋骨格モデルによる水泳の解析(クロール半周期)

剛体リンクモデルによる水泳の解析は可能となったので、次に筆者らが行ったのはそれを筋骨格モデルに拡張することでした。水泳の筋骨格解析が可能となれば、複雑な全身運動である水泳における筋力発揮の様相が解明され、さまざまな応用が考えられます。そこで筆者らは、剛体リンクモデルであるSWUMにより得られる身体運動と外力の情報を筋骨格モデルに入力することを考えました。筋骨格モデルとしては、AnyBody の全身モデルを用いました。AnyBodyにおいては、モデルの情報がすべてAnyScriptという特殊なスクリプト言語によって記述されています。このスクリプト言語を習得するのはなかなか大変なのですが、サンプルのモデルデータが多く公開されているので、サンプルをいじる形で大抵のことはできるのではないかと思います。そして、SWUMを実装したソフトウェアから身体運動や外力データをAnyScript形式で直接出力するようにし、SWUMとAnyBodyがシームレスに接続された筋骨格シミュレータを開発しました4)。図4にサンプルの解析結果を示します。太く色鮮やかな筋が大きな筋力を発揮している筋です。


5.おわりに

バイオメカニクスにおけるモデリングは、まだまだ成熟しきっておらず、逆に言えば、研究者やエンジニアの工夫によってさまざまな新規性を打ち出すことができるエキサイティングな領域です。本稿がその魅力的な領域へ読者の皆様をいざなうきっかけになれば幸いです。

参考文献

1) 日本機械学会編:バイオメカニクス数値シミュレーション,コロナ社(1999)

2) 阿江,湯,横井:日本人アスリートの身体部分慣性特性の推定,バイオメカニズム11, pp.23-33(1992)

3) http://www.swum.org/

4) 中島,茂木:水泳用全身筋骨格シミュレータによる4泳法の解析,バイオメカニズム19, pp.81-90(2008)

4/5

(4/15)