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CAEユニバーシティ 特別講座

CAEユニバーシティ特別講座 第1回
ハードディスク装置のナノスケールサーボ制御技術とHDDベンチマーク問題

宇都宮大学 大学院 工学研究科 准教授 平田 光男 先生

サイバネットは、エンジニアのための理論教育講座「CAEユニバーシティ」を主催しています。このコーナーではその「特別講座」として、講師の方などに専門分野をわかりやすくご紹介いただきます。

はじめに


図1 ハードディスク装置の基本構造

これまでハードディスク装置はパソコンなどの外部記憶装置として良く用いられてきましたが、最近では、カーナビゲーションや携帯型音楽プレーヤ、そして、ハードディスクレコーダなど、広く応用されるようになりました。今では、記憶容量が1 テラバイトを越えるものが一万円以下で売られています。ハードディスク装置では、図1 に示すように回転しているディスクに数万から数十万のトラックが同心円状に書き込まれ、そこに、記録再生ヘッドを高速かつ高精度に位置決めして、データの記録や再生を行っています。現在、トラック幅は200 ナノメートル以下であり、隣接するトラックのデータを誤って書き換えないように、ヘッドの追従誤差は10 ナノメートル以下に抑えられています。これはちょうど、ヘッドアームの全長を東京タワーにみたてたとき、その先端を1mm 以下の精度で制御していることになります。また、位置決め時間は、移動距離にもよりますが、おおむね数ミリ秒以下です。このように、手の上に乗るハードディスク装置の中でこれほどまでに高速かつ高精度な制御が行われています。最近では、対象物をナノスケールの精度で高速に制御する技術を「ナノスケールサーボ制御」と呼んでいます(1)


HDDベンチマーク問題

最近のハードディスク装置の制御系は1チップ化され、完全にブラックボックスになっています。したがって、製品の開発者以外、制御対象の特性を実測したり、新しい制御理論の適用検証ができません。そこで、電気学会産業計測制御技術委員会「マスストレージシステムのための次世代サーボ技術調査専門委員会」では、この障壁を取り除くために、ワーキンググループを組織し、ハードディスク装置のリファレンスモデルの作成に取りかかりました。日立、日立GST、東芝、富士通各社で実際にハードディスク装置の制御系設計に携わっている企業研究者がメンバーに加わりました。また、筆者もとりまとめ役として加わりました。その成果は、「HDD ベンチマーク問題」として一般に公開しています。現在、Ver.3.1が最新版であり、次のURL からダウンロードすることができます(http://mizugaki.iis.u-tokyo.ac.jp/nss/)。

以下では、HDD ベンチマーク問題で定義されているモデルを使って、ヘッド位置決め制御系の制御対象と外乱について説明します。

制御対象の伝達関数


図2 制御対象の周波数応答

ヘッドアームを駆動するボイスコイルモータ(VCM)が発生するトルクからヘッド位置までの伝達関数は、ヘッドアームが完全に剛体として振る舞う場合、二重積分システムになります。しかし、実際には高速に移動させようとして急な加速と減速を行うと、機械共振が起こり出力に振動が現れます。つまり、制御対象は弾性体として取り扱う必要があります。このとき、伝達関数は

と表現でき、第1 項目を剛体モード、第2 項目を共振モードと呼びます。図2 にHDD ベンチマーク問題で定義されている制御対象のボード線図を示します。なお、制御対象の特性は、個体差や温度などの環境条件によって変動するため、ノミナルモデルだけでなく、変動モデルの特性も合わせてプロットしています。この図から、高周波域にいくつもの共振モードを持ち、ゲイン特性だけでなく位相特性も大きく変動することがわかります。


外乱の特性


図3 外乱の時間応答

ハードディスク装置では、力外乱、観測雑音、フラッタ外乱、RRO と呼ばれる4 種類の外乱が存在します。図3にHDDベンチマーク問題で定義されたこれらの外乱の時間応答を示します。力外乱はディスクの回転にともなう空気の流れがヘッドアームに作用して起こるもので、主に低周波成分から成ります。一方、観測ノイズは、正規性白色雑音に近い特性を持ちます。フラッタ外乱は、空気流によって励起されたディスク面の振動が、ヘッドとトラックの相対誤差として表れるもので、ディスクの振動モードから決まる特定の周波数成分を持っています。図3 の時間応答からも、特定の周波数成分で振動している様子が確認できます。RRO(Repeatable Run Out)は、ディスクの回転に同期した位置外乱であり、ディスクの偏芯や歪みだけでなく、位置信号の書き込み誤差にも起因しています。


ヘッド位置決め制御系

ハードディスクのヘッド位置決め制御には、大きく分けて、トラック間を高速に移動するシーク制御と、データを読み書きするために、トラック中心に精度良く追従するフォロイング制御があります。シーク制御では、制御対象の機械共振を励起せずにいかに速く目標のトラックに到達させるかが重要であり、フォロイング制御では、制御対象の変動に対して常に安定性を保ちつつ、トラックに高精度に追従することが求められます。図4 はHDD ベンチマーク問題に含まれるフォロイング制御系のSimulink ブロックを表しています。フィードバック制御器はPID 制御器とノッチフィルタの直列結合で構成されています。位置信号のサンプリング周波数は26.4kHz であり、PID 制御器もその周波数で動作していますが、ノッチフィルタについては、より高周波域の共振モードに対しても有効になるよう、その2倍の52.8kHz で動作させています。このように、複数のサンプリング周波数をもつ制御系をマルチレート制御系と呼び、ハードディスク装置の制御では良く用いられています。


図4 フォロイング制御系

図5 フォロイング制御時の追従誤差応答

この制御器を用いてフォロイング制御を行ったときの追従誤差信号(PES:Position Error Signal)を長時間取得し、回転に同期した成分と非同期の成分に分離してプロットしたものを図5 に示します。縦軸はPES をトラック幅に対する百分率で表したもの、横軸はセクタ番号を表します。セクタ番号は、ディスク1 周分の位置信号に割り振られた番号のことで、HDD ベンチマーク問題では、1周当たり220個の位置信号が埋め込まれているとしています。図5 の各線は追従誤差に関して、最大・最小値(緑)、非同期成分の最大・最小値(青)、非同期成分の6σ 値(紫)、同期成分(赤)を表しています。この結果から、種々の外乱を抑圧しながら、追従誤差をトラック幅の15%以下に抑えていることがわかります。


参考文献

(1) 山口,平田,藤本:ナノスケールサーボ制御,東京電機大学出版局,2007

次回予告!

今回に引き続き、ハードディスクの制御について具体的な設計例を交えて解説いただきます。楽しみにお待ちください。

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