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特集:MATLABを活かした技術開発

解説「スライディングモード制御」
第2章:スライディングモード制御の設計

2.1 はじめに

前章でスライディングモード制御(以下SMCと略記します)とはどのようなものか概説しました。本章では、SMCの設計手順を概説します。

SMC設計は、制御対象の状態空間表現に基づいて行われ、多くの行列計算が必要となります。このような場合MATLABを用いると簡単に設計できます。SMC設計に特化したToolbox(2-2)も提供されています。そこで以下ではまず設計手順を概説し、その後MATLABを用いた簡単な設計例を示します。

2.2 スライディングモード制御の設計概説

2.2.1 設計手順とモデリング


図2−1SMCによる位相面
軌道式(2-1) において

図1は前回の解説で用いたものであり、SMCによる典型的な位相面状態軌道を表しています。このような状態挙動は、次式で定義するσ(t)

の正負により、入力を不連続に切り換えることで生じます。状態はσ=0で定義される超平面に向かい(図中P→Q)、そしてこの超平面上を滑るように原点へ向かいます(図中Q→O)。したがってSMCにおいて設計者が行うことは、「Sの設計、すなわち切換超平面の設計」と「それに状態を向かわせ、拘束する入力の設計」の二つです。

以下では上記二つの設計を順に説明します。そのための準備として、設計に都合が良いように、制御対象を以下の形でモデリングします。

公称系を線形系とするのは、特に切換超平面を設計しやすいからです。またSMCは、マッチング条件を満たす摂動に対して非常にロバストです(脚注※1)。そこで、マッチング条件を満たす摂動とそうでない摂動とを分けておきます。例えば入力外乱、DCモータのインダクタンス変動や、アクチュエータのコンプライアンスなどはマッチング条件を満たす摂動としてモデル化できます。


2.2.2 SMC設計1 『切換超平面設計』

紙面の都合上、導出過程は省略しますが、切換超平面の設計問題は次の行列

の固有構造設計問題となります(脚注※4)。この行列ASがスライディングモード状態の動特性を決定するためです(脚注※2)。A、Bは既定の行列ですので、設計変数はSであり、また式(2-3)はSを未定係数行列とする線形代数方程式ですので、Sの設計問題は線形制御系の設計問題に帰着できます。実際に、線形制御理論の知見に基づいた以下のような設計手法が提案されています。

● 極配置法による手法 ● 最適制御理論による手法
● システムの零点を用いる手法 ● 周波数整形による手法

以下では極配置法による手法を間単に説明します。まずx, A, S, Bを次式のように分割します。

適当な座標変換によって、公称系を次式のように変換することができます。

ここででA˜11, A˜12, A˜21, A˜22 , B˜2は以下です。

スライディングモード状態では、σ= 0 、σ= 0が成立しますので、式(2-4)においてこれを考慮すると次式を得ます。

これがスライディングモード状態の動特性を表します(脚注※3)。式(2-5)の行列が所望の極を持つように設計パラメータを決定します。以上が極配置法による設計法です。

2.2.3 SMC設計2 『制御入力の設計』

次は入力の設計です。基本的なアイデアは、「切換超平面上に状態があるとき切換関数は0である。よって切換関数を0とするように入力を設計すればよい」ということです。そこで以下の条件を使います。

これは「切換関数は必ず零に向かって変化せよ」という条件です。ここでですので、式(2-2)の両辺にSを乗じて式(2-6)へ代入すると次式(脚注※5)を得ます。

ただし、Bd˜(t,x,u)=d(t,x,u)です。

上式を満たす入力u(t)を設計すれば、それが目的の入力です。さまざまな設計法がありますが、良く行われる方法では次式のように入力の形を決め

式(2-7)を満たし、かつρ> 0であるようにρを決定します。

以上を整理します。式(2-8)を式(2-7)に代入するとρの満たすべき条件式ρ>||SBd˜(t,x,u)||を得ます。よってこれを満たすρを用いて式(2-8)の制御入力を与えます。このとき式(2-6)が満たされ、つまりは切換超平面に状態を到達させ、拘束することができます(脚注※7)

2.3 DCモータの速度制御


図2−2 DCモーターモデル

例題としてDCモータ(図2−2)の速度制御を行います。インダクタンスが摂動する場合を考え、これに対してロバストな制御系を設計します。定常偏差補償のために、積分動作を用いたスライディングモード追従制御を設計します(脚注※6)
まずDCモータを式(2-2)の形でモデリングします。インダクタンスの摂動率を次式で定義します。

さらに負荷抵抗bも公称値b0と変動bΔ によって とします。このとき摂動も含めたDCモータは、式(2-2)と同様に次式のモデルで表現できます。

上式中のx、A、B、d、fは以下のとおりです。

式(2-10)から、インダクタンスの摂動はマッチング条件を満たす摂動であることが分かります。一方負荷変動はマッチング条件を満たしませんが、この例の場合は問題はありません。モデリングが済むと、次は前述の手順で切換超平面・制御則を設計します。

ここではEdwardsらによって提供されているSliding Mode Control Matlab Toolbox(2-2)を利用します。設計を行うm-file、数値シミュレーションのためのSimulinkモデルおよび結果を図2−3に示しました。インダクタンス値は10%増加(ξ = 0.1)、負荷は1.25秒から2倍になっています。摂動にもかかわらず回転数は目標値によく追従していることが分かります。







図2−3 MATLABによるSMC設計と数値シミュレーション結果

2.4 おわりに

本章では、スライディングモード制御の設計手順を概説しましたが、紙面の都合上、細かい説明は省略いたしました。特に不連続入力に起因するチャタリングなどの問題や、状態を直接観測できない場合のオブザーバを用いた構成などは実用上重要です。これらの詳細は文献(2-1) や(2-3)などをご参照ください。

次章では実際的な応用例や研究例をいくつか紹介します。

※1. マッチング条件に関するロバスト性は、等価制御入力を導入して説明されることが多いのですが、ここでは直感的な説明をしてみます。例えば観測外乱の影響をなくしたい場合、観測した信号をフィルタリングしてから使うのが妥当な対処法です。つまり、摂動(外乱)の対処は、それが生じる場所のすぐ近くで行うのが最も効果的です。逆にいうと、対処可能な場所の近くで生じる摂動(外乱)ほど適切に対処できるということです(手が届く範囲にあるものは動かしやすいです)。制御系内で生じる摂動は制御入力で対処するわけですが、このとき制御入力の影響を多く受ける摂動は、対処しやすい摂動なわけです。制御入力はBu(t)というように行列Bを介して制御系に影響を与えますので、同様にBd(t)という形で現れる摂動は最も対処しやすい摂動といえます。この「Bd(t)の形で表される摂動」がマッチング条件を満たす摂動です。蛇足かもしれませんが、制御入力は摂動にばかり対処しているわけには行きません。「一定の回転数で回れ」などという指令を与えなければなりません。実はここにトレードオフがあり、指令を適切に与えながら同時に摂動も適切に対処することは難しく、特に線形制御ではこのトレードオフは克服できません。SMCは切換関数に基づく非線形(切換)入力により、このトレードオフを克服しています(マッチング条件を満たさない摂動にも有効な場合が多く有りますが、注意が必要です)。

※2. スライディングモード状態の動特性はx(t) =ASx(t)で表すことができます。これはσ = 0という条件から導かれます。詳細は文献(2-1) p.33-35や文献(2-3)p.44-46などをご覧ください。

※3. この行列はASよりも次数が少なくなります。実はASはフルランクではなく、式(2-5)の行列の固有値と0固有値を持ちます。

※4. 通常はこの行列の固有値だけを考慮しますが、マッチング条件を満たさない摂動に対するロバスト性を考慮する場合には、固有構造も考慮します。詳しくは文献(2-1) のp.68〜を参照ください。

※5. 簡単のためマッチング条件を満たさない外乱は省略します。

※6. この場合、積分器の状態も含んだ拡大状態空間モデルに対して前節の手法を適用します。詳細は参考文献(2-1) のp.82などを参照ください。

※7. したがって摂動d˜(t,x,u)のノルム最大値が既知である必要があります。

参考文献

(2-1) C. Edwards and S. K. Spurgeon: Sliding Mode Control, theory and applications, Taylor & Francis (1998)

(2-2) C. Edwards and S. K. Spurgeon: Sliding Mode Control Matlab Toolbox: 以下のwebページでダウンロードが可能です(無料)
http://www.le.ac.uk/eg/ce14/vscbook/mfiles.html

(2-3) 野波,田:スライディングモード制御,コロナ社(1996)

お問い合わせは

アドバンスドソリューション統括部 モデルベース開発推進室

E-mail:infomaple@cybernet.co.jp

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