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特集:MATLABを活かした技術開発

解説「スライディングモード制御」
第1章:スライディングモードとその特徴

1.1 はじめに

近年、スライディングモード制御は実用性の高い非線形制御理論の一つとして認知されています。多くの理論的・応用的な研究が行われており、産業応用もなされています。

スライディングモード制御の最大の特徴は、外乱やモデル化誤差などの不確かさに対し、とても良好なロバスト(頑強)性を有する制御系を構成できることです。特にスライディングモード制御を用いてサーボ系を構成した場合には、良好なロバスト性と、高い追従性を両立することが可能です。

本解説ではこのようなスライディングモード制御について、MapleやMATLABを用いた設計例や最近の産業応用的研究事例を紹介します。まずこの第一章ではスライディングモード制御とはどのようなものか簡単に説明します。なお、設計手法は次章でも簡単に説明しますが、スライディングモード制御の基本的な設計手法は、ほぼ確立されていますので、文献(1-1) 〜 (1-4)などもあわせてご参照ください。

まずは「スライディングモード」について説明します。

1.2 スライディングモードとは?

「スライディングモード」とは可変構造系において発生する特殊な状態挙動です。可変構造系とはシステムの動特性が不連続に切り換わる系です。例えばPIDコントローラの各ゲインを必要に応じて切換えるような系も、可変構造系の1つです。


図1−1 バネ-質量系


図1−2 一定値入力に対する位相面軌道


図1−3 入力を切り替えたときの位相面軌道


図1−4 時間応答の比較

ここでは図1−1のようなバネ-質量系を用いて簡単に示します。ただし質量mと床面との間の摩擦は無視します。この系は適当な初期値を与えると(引っ張って離せば)、振動します。この振動を外部からの力入力u(t)により止めることを考えます。入力まで含めた運動方程式はk=1、m=1とすれば次式となります。

変位や速度に比例した線形制御入力を用いても、振動を止めることができますが、ここでは次のような2種類の一定値入力を考えます。

それぞれの入力に対する系の挙動を調べるために、解軌道とベクトル場を位相面上にプロットすると図1−2のようになります(数式処理ソフトウェアMapleを用いて作図しています。又、同図中の点線は後ほど説明する切換線です。)振動が止まるためには、位相面上で解軌道が原点へ収束しなければなりませんが、どちらとも解軌道は円を描いています(一度揺れだすと止まらない)。このとき一定値力入力とバネの弾性力が釣り合う点を中心として、振動し続けることになります。

次に入力を次式のように切り換えてみます。

これは、図1−3の点線で入力を切り換えていることになります。こうすることで、原点が安定でない二つの系(図1−2の(a)と(b))がこの線を境に切り換わります。図1−4はそれぞれの場合のy(質量の位置)の時間応答です。図1−3と図1−4から、原点は安定であり振動が時間とともに収束することが分かります。さらに図1−3の原点近傍には直線上を滑るような軌道がありますが、これがスライディングモードとよばれる状態挙動です。また入力を切り換える線を切換超平面(ここでは切換線)といい、切換線を定義している式(1-4)のs(t)を切換関数とよびます。


1.3 スライディングモード制御


図1−5 ゲインを大きくしたときの軌道

式(1-3)の入力は符号関数sgnを用いて次式で表せます。

これを次式のように変えます(ゲインを大きくします)。

このとき状態軌道は図1−5(a)のようになり、一度状態が切換線に到達するとすぐさまスライディングモードとなります。さらに式(1-1)を次のように変えます。

このときの軌道は図1−5(b)のようになります。sin(y (t))という項が加わったにも関わらず、ひとたびスライディングモードとなれば、直線状を原点に向かって進んでいます。つまり、sin(y (t))を不確かさと考えれば、スライディングモードでは不確かさの影響を受けていないことになります。


この特徴をうまく使えば、大変にロバストな制御系を構成することが出来そうです。そして実際に制御系設計に取り込み、設計手法を確立したものがスライディングモード制御です。

なお、図では判りにくいですが、スライディングモードになるまでの軌道はsin(y (t))の影響を受けています。このスライディングモードになるまでの軌道を「到達モード」とよびます。

1.4 スライディングモード制御の特徴

スライディングモード制御の特徴であるロバスト性について、次のことが知られています(1-1)〜(1-4)

スライディングモードでは、マッチング条件を満たす「外乱・プラントパラメータ変動・モデル化誤差などの不確かさ」の影響を全く受けない。

マッチング条件とは入力と不確かさの幾何学的な関係に関する条件で、制御対象が次式のような

状態空間表現された線形システムの場合(d(t)は不確かさです)、次式で表されます。

このマッチング条件を満たす不確かさには、入力外乱や一部のパラメータ変動・線形近似誤差などが含まれます(1-1)〜(1-4)

さらなる特徴として、制御則を設計するときに不確かさの時間領域における最大値が既知であれば良いという点もあります。例えば、前章の例ではllsin(y (t))ll≦1ですが、任意のllf(t)ll≦1を満たす外乱f(t)に対して、同様の結果が得られます。

上述のように、比較的多くの不確かさをカバーしつつ、不確かさの取り扱いも容易な設計手法です。これが近年盛んに用いられる理由だと考えられます。

1.5 切換入力の問題と対処

式(1-6)の制御入力は、切換関数s(t)の正負によって瞬時に一定値入力を切り換えねばならず、現実的ではありません。また、これをそのまま実装すると、微小振幅の高周波振動(チャタリング)が問題となる場合があります。このようなスライディングモード制御を実装する場合の問題に関して多くの対処法が提案されていますが、符号関数を飽和関数などで近似する手法(1-1)〜(1-4)が良く用いられます。

マッチング条件を満たす不確かさに関する非常に高いロバスト性は、実は理想的な切換が成されたときの特徴です。上述のような対処を行うと、マッチング条件を満たす不確かさであっても影響を受けてしまいます。つまりチャタリングの低減とロバスト性の間にはある種のトレードオフが存在します。不確かさと求める性能、それにアクチュエータの性能を考慮して適切に対処する必要があります。

1.6 おわりに

本章では、スライディングモード制御について簡単に紹介しました。スライディングモード制御に関する一般的な参考書としては文献(1-1)〜(1-3)などがあります。切換超平面や切換入力の設計手法のような基本的な事項をはじめとして、スライディングモードオブザーバ(1-2)や出力フィードバックによる構成(1-2)、多入出力系(1-1)〜(1-4)や離散時間系への拡張(1-1) (1-3)などが取り上げられています。また文献(1-4)ではH制御やμ設計と比較し、スライディングモード制御の有効性を示唆する結果が得られています。応用研究は自動車、ロボット、パワエレなどの分野で多くみられます。これに関する参考文献は省略しますが、興味を持たれた方はweb上で「スライディングモード制御 車両」や、「sliding mode control vehicle」などと検索してみてください。

本章では切換超平面の設計法については何も述べませんでした。ロバスト性に関しては切換超平面設計法の方がより本質的な鍵を握っています(と筆者は考えています)。次章ではこの点も含めて、ツールを用いた設計手法を説明します。

参考文献

(1-1) V.Utkin,et al,Sliding Mode Control in Electromecha-nical Systems, Taylor & Francis (1999)

(1-2) C. Edwards and S. K. Spurgeon: Sliding Mode Control, theory and applications, Taylor & Francis (1998)

(1-3) 野波,田:スライディングモード制御,コロナ社(1996)

(1-4) 野波,西村,平田:MATLABによる制御系設計,東京電機大学出版局(1998)