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数値材料試験による異方性非線形材料特性の算出 ~数値材料試験用入力データの計測手順とデータ解析~

日東紡績株式会社
平山 紀夫
東北大学
寺田賢二郎 様

1.はじめに

前号において、著者らは、Ansysに用意されているHillの異方性の塑性パラメーターを数値材料試験から同定する方法について解説しました。本号と次号では、数値材料試験から異方性の粘弾性パラメーターを算出し、異方性粘弾性材料のマクロな解析を行う手順について解説します。

異方性の粘弾性挙動は、高分子系複合材料等の振動減衰、応力緩和現象やクリープ現象でよく観察されます。しかしながら、異方性粘弾性材料の材料構成則が汎用の有限要素法プログラムに標準で具備されていないケースがほとんどであり、仮に利用できる場合であっても異方性の粘弾性パラメーターを同定するための実験・計測は困難であることから、異方性を考慮した解析が製品開発や設計に適用されるケースは稀でした。

そこで著者らは、Ansysの解析機能としては用意されていない異方性粘弾性材料の構成則を定式化し、ユーザーサブルーティンにより組み込むとともに、数値材料試験によりその材料パラメーターを同定し、マクロな異方性粘弾体の解析を実現させました。 まず本号では、数値材料試験におけるミクロ構造の解析に用いるプラスチック(樹脂)の材料試験データの計測手順とデータ解析について説明します。そして次号では、具体的な数値材料試験による異方性粘弾性材料パラメーターの同定方法と異方性粘弾性材料構成則について解説します。

2.粘弾性材料定数の算出

2.1 粘弾性材料の材料試験

粘弾性の測定法には大別して、次の3種類の方法があります。

  1. ひずみを与えて応力を測定する(応力緩和法)
  2. 応力を与えてひずみを測定する(クリープ法)
  3. ひずみ速度を与えて応力を測定する(定ひずみ試験)

さらに、これらは時間変化の仕方で、静的および動的粘弾性測定法に分けることができ、前者は比較的長時間側、後者は比較的短時間側の粘弾性の測定に適しています。そして、これらの各測定方法にはそれぞれ利点と欠点があります。取得データをどのような解析に適用するかを考えて測定方法を選ばなくてはなりません。例えば定ひずみ速度試験では、汎用の万能試験機で計測が可能であり、測定精度も高く、非線形挙動のデータ計測が可能です。しかし、その一方で温度依存の全データを計測するのに1~2週間の長時間が必要となります。(ただし、クリープ試験と比較するとはるかに短時間で測定が可能です。)

それに対して、非共振強制振動法による動的粘弾性試験では、微小ひずみ範囲内のデータに限定されますが、非常に短時間で簡便に粘弾性データの計測を行うことが可能です。本解説では、この動的粘弾性試験による粘弾性データの計測とそのデータ解析について説明します。

2.2 動的粘弾性試験

動的粘弾性試験は、試料にある量の正弦波振動となるひずみ(または応力)を加え、そのときの応答となる応力(またはひずみ)を、振動周波数の関数として測定する方法です。プラスチックの動的粘弾性試験方法は、JIS規格「プラスチックの非共振強制振動法による動的粘弾性の温度依存性に関する試験(JIS K 7198)」等で規定されていますので、それらの諸規格を参考にしてください。ここでは、FEM解析に用いるデータを取得するために必要な事柄について述べます。

一般的に、動的粘弾性特性を表す動的貯蔵弾性率E’、動的損失弾性率E”および損失正接tanδなどの粘弾性諸量は、温度、周波数の双方に依存しますので、次のどちらか(あるいは両方)のデータを計測します。

温度分散データ
横軸を温度軸として、縦軸に一定周波数における動的貯蔵弾性率E’ 、動的損失弾性率E”および損失正接tanδ等の温度依存性を示したデータ
周波数分散データ
横軸を周波数軸として、縦軸に測定温度における動的貯蔵弾性率E’ 、動的損失弾性率E”および損失正接tanδ等の温度依存性を示したデータ

プラスチックの「ガラス転移点の決定」や「ポリマーブレンドにおける混合状態の解明」などでは、温度分散データを計測することケースが一般的です。しかしながら、FEM解析に用いるデータとしては、複数の温度水準ごとに周波数分散データを計測するほうが、次節で述べるマスター曲線やシフトファクターの温度依存性を調べるのに適しています。また、測定モードとしては、曲げ、引張り、せん断、圧縮の4つのモードがありますので、計測する試料の寸法等で使い分けが可能です。

2.3 粘弾性データの時間-温度換算則

動的粘弾性試験では、各測定温度で試験片に曲げ振動モードでの正弦的ひずみを加え、次式により複素弾性率E*、動的貯蔵弾性率E’、動的損失弾性率E”および損失正接tanδを求めます。

ここで、l は曲げ振動のスパン、b 、t はそれぞれ試験片の幅と厚み、ΔF は試験片に作用する動的荷重、ΔY は試験片に生じる動的変位、δは応力とひずみの位相差を表します。

図1に、熱硬化性エポキシ樹脂の動的粘弾性試験の測定データ例として、貯蔵弾性率E’ 、および損失正接tanδの測定データを示します。異なる温度水準で測定された粘弾性関数の測定周波数(時間)に対するこれらの曲線は、水平移動によって1本の親曲線(マスター曲線と呼ぶ)に重なり合うことが知られています。このことを、時間と温度が等価に変換できるという意味で「時間-温度換算則」と呼んでいます。また、同じ意味で「時間-温度の重ね合せの原理」あるいは「熱レオロジー的に単純(thermorheological simplicity)である」と呼ばれることもあります。多くのプラスチックでは、この「時間-温度換算則」が適用できることが確認されています。この事実は、プラスチック材料の幅広い時間スケールにおける諸特性を評価する時に非常に重要です。なぜなら、温度を上げた試験を行うことで、プラスチック材料における長時間領域での物性評価が現実的な測定時間で可能であることを意味しているからです。図2に図1に示した動的粘弾性試験の測定データを周波数軸に沿って水平移動させて作成したマスター曲線を示します。貯蔵弾性率E’も損失正接tanδも共に滑らかな一本のマスター曲線が得られています。

2.4 マスター曲線とシフトファクターの温度依存性

前節の動的粘弾性データのマスター曲線は、様々な温度で測定した曲線群を横軸の対数時間軸(または周波数)にそってある量だけ移動させて作成しました。この移動量は測定温度ごとに異なるため、温度に依存した値であると考えることができます。この温度に依存した移動因子をシフトファクターと呼び、シフトファクターの温度依存性は次の2つの式で表せることが知られています。

(5)式をWLF式と呼び、(6)式をアレニウスの式と呼んでいます。
Ansysのような汎用のFEMソフトでは両方の式が使用できます。図2の熱硬化性エポキシ樹脂のマスター曲線を作成する際に算出した温度とシフトファクターの関係を、(5)式のWLF式でフィッティングした結果を図3に示します。熱硬化性エポキシ樹脂のシフトファクターの温度依存性は、この図に示すように、ガラス転移点近傍を境に2つの直線で近似できることが知られています。このように2本の直線で近似されるような場合でも、WLF式で比較的良好に近似ができています。


図1 熱硬化性エポキシ樹脂の動的粘弾性試験の測定結果

図2 熱硬化性エポキシ樹脂のマスター曲線

図3 シフトファクターの温度依存性

2.5 緩和弾性率の算出手順

Ansysのような汎用FEMプログラムでは、粘弾性材料を図4に示す一般化マックスウェルモデルにより表現し、緩和弾性係数E(t)を式(7)により級数近似するのが一般的です。


図4 一般化マクスウエルモデル

この緩和弾性係数E(t)は、前節の動的粘弾性試験から求めた貯蔵弾性率E’および損失弾性率E”と式(8)、(9)により関連付けられています。

従いまして、汎用FEMプログラムで入力しなくてはならない緩和弾性係数E(t)を動的粘弾性試験データから直接求める場合には、次のような手順でデータ処理を行います。

  1. 最初に貯蔵弾性率E’ 、損失弾性率E”(あるいは損失正接tanδ)のデータからマスター曲線を作成する。
  2. マスター曲線を作成する操作で求めた温度ごとのシフトファクターの温度依存性を(5)式のWLF式等で近似する。
  3. 1.で求めた貯蔵弾性率E’、損失弾性率E”のマスター曲線のデータから、基準温度での緩和弾性係数E(t)を最適化手法等により同定する。

以上の手順で同定した熱硬化性エポキシ樹脂の緩和弾性係数E(t)を図5に示します。


図5 熱硬化性エポキシ樹脂の緩和弾性係数

3.複合材料の数値材料試験

前章では、プラスチックの動的粘弾性特性から緩和弾性率を算出する手順を述べましたが、算出した緩和弾性率を使用して、高分子系複合材料の数値材料試験を行うことで異方性の粘弾性挙動を解析することが可能です。今回は、異方性の粘弾性挙動が顕著に観察できるように、図6に示すような一方向に強化した複合材料の数値材料試験を例示します。図6の一方向強化複合材料は、マトリックス部分が図5で示した熱硬化性エポキシ樹脂で、ファイバーがガラス繊維でできています。このミクロモデルに、
ij = xx, yy, zz, xy, yz, zx 方向のそれぞれの6方向にひずみを与えて、応力緩和の数値材料試験を行います。今回は、一方向強化複合材料のミクロモデルにトータルで1%のひずみを与えてひずみ拘束し、常温での応力緩和試験を行いました。

図7に、数値応力緩和試験の結果を示します。この解析結果から、材料の各軸方向で応力緩和特性が大きく異なることがわかります。特に、図6のような一方向強化複合材料では、繊維直交方向よりも面外せん断方向により応力緩和しやすいことがわかります。
繊維軸方向にほとんど緩和しないことは数値材料試験を行わなくても明らかですが、繊維直交方向と各せん断方向での緩和挙動の比較は、このような数値材料を行うことでより明確になります。


図6 一方向強化複合材料の数値材料モデル

図7 一方向強化複合材料の数値応力緩和試験の結果

4.おわりに

本解説では、Ansys等の汎用FEMソフトで粘弾性材料の解析を行う際に必要となる材料データの取得方法について、プラスチック材料を例にして説明しました。特に、短時間で簡便に粘弾性材料の特性を計測できる動的粘弾性試験を行う際の材料試験データの計測手順とデータ解析について説明し、数値材料試験により異方性の粘弾性挙動が比較的簡便に評価できることを述べました。次号では、東北大学と日東紡績㈱で共同開発した数値材料試験による異方性粘弾性材料の同定手順と、異方性粘弾性材料のマクロ材料構成則について解説します。
異方性粘弾性材料のマクロ構造解析が数値材料試験結果と組み合わせて利用できれば、異方性粘弾性材料の応力緩和現象、減衰やクリープ現象の予測など、適用できる解析の範囲が広がると期待されます。

">参考文献
[1] 寺田賢二郎・菊池昇:均質化法入門、丸善(2003)
[2] 寺田賢二郎:マルチスケールCAE ~数値材料試験のススメ~、CAEのあるものづくり、サイバネットシステム、Vol.5、p.9-10、2006
[3] 平山紀夫:Ansysを利用したマルチスケールCAE ~ Ansysを利用した数値材料試験~、CAEのあるものづくり、サイバネットシステム、Vol.6、p.11-15、2007
[4] 寺田賢二郎・犬飼壮典・平山紀夫:非線形マルチスケール材料解析における数値材料実験、機械学会論文集(A編), 第74巻, 第744号, pp.1084-1094, 2008.

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