[アサヒビール株式会社]錠剤開発におけるANSYSの活用と、これからの可能性
「今まで謎だったことが解明されてきているのが、非常に面白いです」


左上から齊藤静男様、佐藤英明様。
右下は研究開発センター

本インタビューでは、アサヒビール株式会社様にご協力いただきました。
1889年の創業以来、国内トップレベルの酒類・飲料メーカーとして不動の地位を築かれているアサヒビール様。「最高の品質と心のこもった行動を通じて、お客様の満足を追求し、世界の人々の健康で豊かな社会の実現に貢献します。」を企業理念に、「アサヒスーパードライ」をはじめとした、歴史に残るヒット商品を数多く生み出されています。
また近年では、各分野で高い専門性を持つグループ企業を傘下に、酒類・飲料のみならず、健康食品やサプリメント等の分野でも着実に業績を上げておられます。さらに、オーストラリアの大手飲料メーカー、シュウェップス・オーストラリア社の買収や、中国の大手ビールメーカー、 への出資等、国際展開にも精力的に取り組まれています。
今回のインタビューでは、アサヒグループ全体の研究開発を担う食品技術研究所を訪問し、CAEを用いた錠剤成形シミュレーションについてお話をお伺いしました。

●今回お話いただいた方々
食品研究開発本部 食品技術研究所 食品加工技術部
部長   齊藤 静男
副課長 佐藤 英明

(以下、お客様の名前の敬称は省略させていただきます)

目次

グループ全体の研究開発部門にて、サプリメントの研究開発を担当。

- 皆様の担当業務についてお聞かせ下さい。

齊藤 佐藤と私は、食品技術研究所の中の食品加工技術部に所属しています。食品技術研究所には、食品加工技術部の他に発酵生産技術部、食品微生物技術部、食品機能解析部があり、まず発酵生産技術部は、ビール会社ならではの発酵技術をベースに、天然調味料の酵母エキスなどを高品質かつ安定的に生産するための技術開発を行っています。
食品微生物技術部では、酵母や乳酸菌などを用いた、食品の製造プロセスに関する研究を担当しています。食品機能解析部では、開発された製品の有効性を検証したり、新しい食品素材の発掘などを行います。

我々が所属する食品加工技術部は、製剤技術開発と素材研究を基盤に、健康を意識したサプリメント・飲料の開発を行うことがミッションです(図1)。特に、新規製剤原料や添加物を活用して、高品質の粉末・顆粒・錠剤に関する技術開発を行っています。

- 御社のグループ会社からの開発依頼なども担当されているのですか?

佐藤 はい。例えば飲み込みやすいような錠剤の形など、グループ会社から依頼を受けた課題を研究テーマとして扱い、研究成果を委託先にフィードバックしています。

原材料は食品素材。大きくなりがちなサプリメントでは、「飲み込みやすさ」の改善が特に重要。

- 近年のトレンドについてお伺いしたいのですが、業界では、何が重要課題になっているのですか?

佐藤 食品分野全体となると有効性や安全性、あるいは生産プロセスの改善等が挙げられると思いますが、サプリメントの分野ではユーザビリティーの志向です。端的に言うと、飲み込みやすさを主体とした服用性の改善になります。
齊藤 医薬品でも錠剤は多くありますが、有効成分が全体の2 〜 3%程度なので、比較的小さい形状でも問題ありません。しかし一般にサプリメントは食品素材を扱いますので、どうしても大きくなりがちです。
極端な例では、アサヒフード&ヘルスケア社のロングセラー商品で「エビオス」があります。本製品は1錠あたり95%が乾燥酵母からできており、ほとんどが有効成分なのですが、それでも効能・効果を発揮するために15歳以上の方は1日3回、1回につき10錠を飲む必要があります。そうなると、「飲み込む時に、喉にひっかからないか?」といった飲み込みやすさの問題が一段と重要になります。そこで、可能な限り飲み込みやすい形状を追求する必要があるのです。
佐藤 一方、トレードオフの関係として、飲み込みやすい形状にした結果、錠剤の硬度(図2)が低下することがあります。また、錠剤を製造する工程の1つに「打錠工程」というものがあるのですが(図3)、形状によっては打錠する杵の耐圧性が低下します。これらを全て考慮した上で、最適な錠剤形状を検討しなくてはなりません。

図2 錠剤の硬度

図3 打錠工程

ANSYSによる解析で、錠剤硬度と打錠杵の耐圧強度を予測。
最大の難関は、圧縮荷重によって変化する粉体物性の扱い。

- それがANSYS Conferenceで発表いただいた事例に繋がるのですね。食品業界からの発表事例は大変珍しく、反響も大きかったです。あの解析を実施するに至った経緯を教えていただけますか。

佐藤 これまでに、錠剤の僅かな形状の違いと飲み込みやすさの関係について研究された例はありませんでした。すなわち、飲み込む前に錠剤の「嚥下性」を予測する技術がなかったのです。そこで当社では他社に先駆けて、錠剤の形状と嚥下性(飲み込みやすさ)の関係を示す「嚥下性マップ」の作成に着手しました(図4)。円形の錠剤の場合、主な形状因子としては錠径、曲率半径(錠剤の丸み)、錠厚の3つが挙げられますが、これらが嚥下性に与える影響を、地図のように可視化したかったのです。
具体的には、錠径、曲率半径、錠厚の異なる錠剤を36種類作成し、官能評価で錠剤の飲み込みやすさを5段階に分けて評価しました。その結果を応答局面法によって解析し、嚥下性マップとして完成させました。本成果は当社のニュースリリースとして発信し、新聞などメディアにも取り上げられました。
http://www.asahibeer.co.jp/news/2010/0217_2.html

本マップにより、製剤設計の段階から嚥下性を予測することが可能になり、設計の科学的根拠を明確化するとともに、開発のスピードアップやコストダウンに繋がりました。さらに飲み込みやすい錠剤形状について新しい知見も得られました。
そのひとつに、錠剤の曲率半径を小さく(丸みをおびさせる)すれば、飲み込みやすくなることが解りましたが、曲率半径を小さくすればするほど打錠杵の耐圧性や錠剤硬度は低下します。これらを改善するために、ANSYSを使って2種類の解析を行いました。ひとつは任意形状における錠剤硬度の予測(図5)、もうひとつは、その際の打錠杵の強度予測です(図6)。

図4 嚥下性マップ

図5 ANSYSを用いた錠剤硬度の予測
(画像をクリックすると拡大表示します。)
図6 ANSYSを用いた打錠杵の耐圧解析
図6 ANSYSを用いた打錠杵の耐圧解析
(画像をクリックすると拡大表示します。)

- 解析で一番苦労されたことは?

佐藤 特に難しかったのは錠剤硬度の予測です。通常の構造物なら、物性値は形状によらず均一です。しかし錠剤の場合は粉体を圧縮して成形するため、圧縮荷重によって形状とヤング率が異なってきます。
これを真正面から扱うのはかなり困難で、実際に錠剤硬度を解析している事例は現時点では存在しないようです。杵の強度予測は、まさに金属の解析なのでANSYSなどのFEMツールの得意分野ですが、錠剤の硬度というのは他の業界にない未知の領域ですから、その分課題も大きいのです。

私の場合は、まずは錠剤のヤング率が均一であると仮定して解析しましたが、期待していたような精度は出ませんでした。色々検討した結果、「先に打錠杵の解析を行い、杵に発生している反力分布を錠剤のヤング率の分布として捉えられないか?」という考えに至ったのです。
そして、ヤング率が不均一であることが解ったので、錠剤を4つのブロックに分けて、それぞれに打錠杵の反力を転写、すなわち解析で求めた杵の反力を錠剤のヤング率として入力するのですが、この転写する工程をサイバネットさんに担当してもらいました。この結果、実験結果との相関も良好であり、実用的な精度が得られましたので、錠剤硬度に優れた錠剤形状を選別する方法が確立できたと思います。本技術はおそらく世界初だと思います。

現象論を視覚的に理解できたことが、解析の大きなメリット。

- 解析して良かったことは?

佐藤 現象論を視覚的に理解できたことです。今までは、例えば杵が破壊するといった現象も、なぜそれが破壊するのか原因が解明されていない部分がありました。製剤の分野にしても、製剤機械の分野にしても、「こういう風に言われているが、真相はよくわからない」といったような。過去の経験や勘に頼ることが多かったのです。
それがANSYSや最適化ツール等のCAEによって、今まで謎だったことが可視化されてきているのが非常に面白いです。このような解明を続けていくことは、会社にとっても社会にとっても大きなメリットに繋がっていくと思います。
齊藤 この研究は、当社で定期的に実施している社内の研究発表会でも何度か発表しているのですが、期待以上に反応が良いです。
初めて聞く人は、まず錠剤の硬度が均一でないという事実に驚きますね。見た目には同じ硬さにしか見えないですから。この発見はとても大きかったと思います。

- 社内への影響も大きいということですか。

齊藤 そうですね。解析結果のコンター図が説明に役立ちました。

ANSYSのシミュレーションと実際の錠剤硬度が一致。
今後はその適用範囲の解明と、「嚥下性」「錠剤硬度」「打錠杵の耐圧強度」を同時に考慮した最適化がテーマ。

- 今後取り組まれたいテーマや課題についてお聞かせください。

佐藤 現在は、今回作成した転写モデルの汎用性の検証を行っています。
こちらに実験で求めた錠剤硬度と、ANSYSによるシミュレーション値の相関を示したグラフがあります(図7)。今回試した粉体においては、どのような錠剤形状であってもシミュレーション値と実験値が良好に一致することが分かりました。このシミュレーション値と実験値の近似曲線は、粉体の特徴を示していると考えられます。当然ですが、粉体の物性によって近似曲線の特徴に違いがあるはずです。その法則性さえ見つけられれば、打錠することなく錠剤形状から錠剤の硬度を予測可能になると思います。

図7 実験値と解析結果(反力)の相関

- ここで言う「粉体の物性」とは、どのようなものですか?

佐藤 錠剤硬度に影響を与えるものでは、粉体同士の結合力が最も重要です。結合力に影響を与える因子として、粒度分布や粒子の形状、粒子の弾性や塑性が考えられます。また化学的な結合力も重要です。
齊藤 上記については、まだメカニズムが良く分かっていないのです。
佐藤 粉体の種類は無限に存在します。しかし、粉体の物性と杵の形状および錠剤硬度の関係についての研究は、医薬品業界全体でもほとんど進んでいないのが実情です。パターンが無限に存在するので分類すら困難な状況ですが、それだけにやりがいがあります。

さらに、今回の研究により3種類のマップが描けます。つまり
(1)「錠剤形状と飲み込みやすさの関係」を示す嚥下性マップ、
(2)「錠剤の形状と錠剤硬度の関係」を示すマップ、そして
(3)「錠剤の形状と杵の耐圧性の関係」を示すマップです。
現在、最適化ツールのOptimusの導入を検討しているのですが、Optimusを使ってこれらを一点でつなげられればと思います。つまり、任意の錠剤形状を入力すれば、飲み込みやすさから錠剤硬度、打錠杵の耐圧強度まで全て予測できればと。他にも、マップ上に制約を設けると別のマップにどのような影響が出るか予測したり、トレードオフの検討にも使えるでしょう。
例えば、飲み込みやすくしたいのなら、多少設備の耐久性は下がってもこの値が最適解だというような。

食品業界でも、CAEが活用できる部分はもっとあるはず。最初の一歩には、最適化解析がお勧め。

- 素晴らしいですね。完成にはどのくらい時間がかかりそうですか?

佐藤 嚥下性マップと打錠杵の耐圧解析については、すでにかなり完成に近い状態まで来ているのですが、やはり粉体の物性と錠剤硬度の関係性が非常に難しいです。すべてを完成させるまでには相当な時間を要すると思いますが、これが実現すれば製剤開発は思想のレベルから劇的に変わると思います。
その上、崩壊性(水による錠剤の崩壊)や溶出性(水溶液中の有効成分の溶け出し)のマップも築けると更に良いですね。これら全てを連成できたら素晴らしいと思います。私が担当しているサプリメント開発においては、これがCAEの究極の姿なのではないでしょうか。医薬品業界への影響も大きいと思います。

また私自身としては、食品業界の中にCAEを導入させて、現在業界が抱えている問題の解決につなげたいという思いもあります。現在では、まだ食品業界でCAEを導入しているケースは少ないようですが、まだ浸透していないだけで活用できる部分はもっとあると思います。それは例えば、何かの製造工程かもしれませんし、食感などの感性工学的なものかもしれない。
あるいはヒトの嗜好性の解析も考えられます。

特に、最適化は数学の素地があれば取り組めますから、食品業界の技術者でも取り組みやすいのではないでしょうか。CAE利用の出発点として、最適化ツールから始めるというのも良いと思います。実際、食品の嗜好性の最適化を手がけておられる先生もいらっしゃいますし、今後増えていくと思います。

- 佐藤様の職場でも、ANSYSのようなFEMツールを導入なさったのは佐藤様がはじめてとのことですが、導入経緯はどのようなものでしたか?

佐藤 当部署でANSYSを導入したのは2009年4月ですが、実は前職でもANSYSの評価版である「ANSYS ED」を使って同じような解析を行っていました。そこで求めた解析結果が良好でしたので、ANSYSの通常版を使ってもっと詳細に解析をすれば、自分が求めている結果が得られそうだと確信していました。
その後アサヒビールに入社し、サイバネットさんにベンチマークを行ってもらったところ期待以上の結果が出ましたので、ANSYSの導入を決めました。

CAEでなければ出来ないことがある。
利用者のアイデア次第で、大きな発見に出会えるはず。

- 導入の際、苦労されたことは何ですか?これから新しくツールを導入する同業界の方へ、メッセージがあればお願いします。

佐藤 ANSYSのようなFEMツールに関しては、やはり基礎となる工学的知識は必要だと思います。意気込みだけあっても、それなりに成果が出る見通しがなければ上司の理解は得られないでしょう。また工学的な素地さえあれば、シミュレーションでどんな問題を解決させたいのか、イメージを明確に伝えることもできます。

またCAE全般について言うと、使うこと自体より「どう使うか」が重要だと思います。極端なことを言えば、CAEがなくても物は作れますよね。しかし今回の事例でひとつの近似曲線が得られたように、CAEでなければ出来ないことがある。それをどう活かしていくかは利用者のアイデア次第です。
CAEを使ったシミュレーションは『夢』のようなもので、それが単なる夢なのか、正夢なのかは、実際に検証してみないとわかりません。しかし試すことには意義があり、その意義を追求していけば、きっと大きな発見があるはずです。

- 製品に対して、何かご要望はありますか。

佐藤 我々の本業は開発や研究であって、解析の専門家ではありません。そのため操作方法は可能な限り簡単なほうがいいです。理想はクリックひとつで全ての処理が済むことですね。
とはいえ、ブラックボックスになってしまうと弊害は大きいです。算出された答えが、どのような考えのもとに出ているかがわからないと、計算ミスがあっても検証することができませんから。ボタンひとつで答えが算出されたとしても、その妥当性を実験や手計算で検証していく必要が出てくると思います。

良いソリューションとは、人間同士のコミュニケーションから生まれ、感動を分かち合うこと。サイバネットは心強いパートナー。

- サイバネットに対して、何かご要望はありますか。

佐藤 サイバネットさんにはとても感謝しています。ベンチマークとして、この打錠杵の解析をはじめたのが二年半前になりますが、それ以来、担当技術の方とは本当に沢山のディスカッションができました。先述の錠剤や打錠杵のみを単独で解析するのは我々でも可能ですが、反力をきっちりと錠剤側に転写するのは我々だけでは困難でした。サイバネットさんの協力が大きかったと思っています。
齊藤 このようにハードルを越えさせて貰ったから進められたのです。サイバネットさんと一緒に解析できたことが、成功に繋がった大きな要因だと思います。
佐藤 繰り返しになりますが、我々はCAEの専門会社ではないので、解析は手段であって目的ではないのです。そのため我々が出来ない解析は、CAEベンダーさんと二人三脚で行う必要があります。その点、サイバネットさんにはいつも迅速に対応してもらい、心強いパートナーだと思っています。
良いソリューションというのは、計算機が自動的に出すものではなく、このような人間同士のコミュニケーションから生まれ、感動を分かち合うことだと思います。ぜひこれからも、良いサポートを続けてください。

- ありがとうございます。私どもも今回の研究を通じて、佐藤様から多くのことを学ばせていただき深く感謝しています。これからも現場のお客様とのつながりを大切にしながら、食品・飲料業界やサプリメント開発に携わる方々が、もっとCAEのメリットを身近に感じていただけるような適用事例を開発していきたい所存です。こちらこそ、今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。

アサヒビール株式会社 齊藤様、佐藤様には、お忙しいところインタビューにご協力いただき、誠にありがとうございました。この場をお借りして御礼申し上げます。

「CAEのあるものづくりVol.14 2011」に掲載

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