ノートパソコンなどの最近の電子機器は、性能が向上すると共に小型化も進んでいます。製品の小型化を進めると、電子部品から発生する熱を効率よく処理する必要性が高まります。また、熱対策が十分でなかった場合には、熱による変形、機器の破損、さらには事故につながるおそれもあります。このように、適切な熱対策は、性能向上と小型化を両立する重要な設計要素となってきています。
製品開発プロセスに目を転じてみると、開発全体に占めるCAEによるシミュレーション比率は増える傾向にあり、今後も重要度が増すと予想されています。一方で、シミュレーションの重要性は分かってはいるものの、実現象とシミュレーションの差異だけでなく、解析モデル作成に要する時間や計算コストといった新たな課題も表面化してきています。
そこで、電子機器の強制空冷機構を例に、ANSYS Icepackによる熱流体解析とMapleSimによる複合領域の物理モデルを組み合わせ、各々のツールが得意とする機能を活かした制御系設計方法をご紹介します。
MapleSimは、複合領域のモデリングソフトウェアです。電気回路や伝熱、機構などの複数の領域を含むプラントモデルを作成
し、数式モデルによる高速かつ高精度のシミュレーションを実現します。基本的な制御器のブロックも用意されており、プラントの物理モデルと制御系を含めたシミュレーションが可能です。
強制空冷は、冷却性能という面からは優れた方式ですが、ファンを使用するため騒音の発生が避けられません。強制空冷機構の設計では、適切にファンを制御することによる、空冷ファンの低騒音化、低消費電力化が重要になります。適切にファンを制御するということは、ファンの回転数をできるだけ低く抑えることで、騒音の発生と消費電力をいかに小さくするかということになります。(高速に回転させると耳障りな高い音が発生します)
一般に、制御系を設計するためには適切なプラント(制御対象)のモデルが必要になります。
強制空冷機構におけるファンの制御系設計(コントローラの開発)に必要なプラントモデルは、熱流体の解析モデルとなりますが、実機を忠実にモデル化すると解析モデルが大規模になります。しかし、大規模モデルをそのまま組み込んだ制御系設計手法は確立されていないため、コントローラの設計には小規模な近似モデルが使われています。
一方、物理モデルによるシミュレーションは、計算コストの観点からは優れるものの、物理モデルに必要なパラメータの値を実験や解析により求める必要があります。
そこで、強制空冷機構の設計に必要なプラントモデルをMapleSimで作成し、このモデルにANSYS Icepackから得られた熱流体解析結果を取り込むことで、精度と計算コストを両立したプラントモデルによる制御系設計手順を紹介します。
ダクト内に設置したヒートシンクを冷却するモデルを作成します。ダクト入り口に設置したファンから送風し、ダクト内のヒートシンクを冷却します。ダクト、冷却ファン、ヒートシンクの位置関係は、図 2、図3に示すとおりです。
ヒートシンクと送り込まれた空気間の熱伝達係数は、送り込まれる空気の流量によって変化します。
一方、温度が均一な物体の表面と、一定流量で送り込まれる流体との熱伝達率 h[W/m2K]は、次式により表すことができます。
![]() |
Nuk Nu: Nusselt (ヌセルト)数 h= xk: 流体の熱伝導率 x: 流体と接する物体の代表長さ |
ここで、NuはNusselt 数と呼ばれ、形状(幾何的条件)の違いにより様々な経験式が求められています。このようにして求めた熱伝達率 に、物体の表面積 A[m2]を乗じることで、熱伝達係数 H[W/K]を求めることができます。
しかし、実際の機器設計においては様々な幾何的条件が混在するため、このような経験式を用いることが困難です。そこで、ヒートシンクに送り込まれる空気の流量と熱伝達係数との関係を、ANSYS Icepackの熱流体解析を用いて求めることにします。
電子部品が取り付けられたヒートシンクをダクト(空間内)に配置し、インレット部(空気取り入れ口)に体積流量 vを定義します。この体積流量 vを0〜 0.1 [m3/min]の範囲で変化させ、それぞれの条件においてヒートシンクから空気に渡される総熱流量 Qt[W]を算出します。この時、ヒートシンクの表面温度 Thと空気の温度 Tfは一定とします。
平均の熱伝達係数 H[W/K]は、次式により求めることができます。
![]() ANSYS Icepackで求めた ファンからの体積流量と、 ヒートシンクと空気間の 熱伝達係数との関係を 図1に示します。 |
![]() 図1 ANSYS Icepackによる体積流量と熱伝達係数との関係 |
図2、図3に、ANSYS Icepackによる熱流体解析結果例を示します。同図右上に設置したファンからダクト内に送風した結果、ヒートシンクの温度が下がっている様子を確認できます。


熱源となる電子部品の消費電力 [W]を、ヒートシンクに渡される熱流として定義します。電子部品を含む機器の動作条件や動作環境により、電子部品の消費電力とダクト内に送り込まれる空気の温度が変化します。ここでは、この消費電力 [W]の変動と外気温度 [K]の変動を、外乱として考慮しています。
ダクト入り口の体積流量を制御入力として、電子部品の温度がある温度(ここでは、80℃)を超えない範囲で、かつ、送風量の合計が少なくなるようにファンを制御します。
ここではヒートシンクと外気との熱伝達に比べて、ヒートシンク材料(銅)の熱伝導率が十分に低いと考えられるため、ヒートシンクには、集中熱容量モデルを適用します。つまり、ヒートシンクの表面温度は均一と仮定しています。

図4に示すMapleSimのモデルは、ANSYS Icepackによる解析結果(同図の青枠部分)を含む伝熱モデル、及びコントローラ(同図の赤枠部分)からなります。ANSYS Icepackの熱流体解析で得られた体積流量と熱伝達係数の関係を、MapleSimルックアップテーブル・ブロックで定義し、体積流量に応じ熱伝達係数を可変させています。
ここでは、電子部品の温度が設定値(80℃)より低くなるようにファンの送風量を制御します。この際、ファンの騒音、消費電力の観点から、送風量をできるだけ小さくするようにします。
図5にMapleSimによるシミュレーション結果の1例を示します。まず、電子部品の消費電力に示す運転パターンと、外気温度の変化パターンを設定します。次に、ヒートシンク表面温度が設定値である80℃を超えない範囲において、送風量の合計ができるだけ小さくなるように、コントローラのパラメータを調整し制御入力を決定します。
この例では、コントローラのパラメータを人が判断して調整しています。経験値が高い場合には効率的な方法ですが、最適設計からのアプローチも可能です。

これまで述べてきたように、熱流体解析ソフトウェアANSYS Icepackと複合領域のモデリングソフトウェアMapleSimを組み合わせることで、強制空冷機構の制御系設計をする際に、コントローラ設計に必要な実現象を精度良くモデル化し、計算コストを抑えた効率の良いシミュレーション環境を構築することができます。
ここでご紹介した例は、実機を非常にシンプルなモデルとして扱っていますが、単純なモデルから初めることにより、以下のようにシミュレーションのステップアップを見通しよく進めることができます。
また、他の分野のシミュレーションにおいても、同様の考え方で取り組むことができますので、これまでとは違った視点からシミュレーションを見直すひとつのきっかけになれば幸いです。
(CAEのあるものづくり2009年10号掲載)
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